駆ける馬　２５５話

　　　　　イチゴサンデーがデビュー戦をあっさりと快勝した事で、今後のレースが実に楽しみになる程楽勝だった。

　　　　　Kanonファーム生産馬で１番人気での勝利も久しぶりで、今年の京都金杯以来だった。

　　　　　牡馬を相手に１８００ｍ戦で勝利する事は潜在能力を秘めているのを示しており、各競馬新聞の新馬勝ち馬の評価ではフジキセキに並ぶ位までに。

　　　　　これで今後の目標――２歳時は明確に１本に絞られたのがハッキリと分かる。

　　　　　そのレース名は阪神ジュべナイルフィリーズ――２歳牝馬限定のＧⅠであり、１６００ｍ戦で開催されるので、即ち桜花賞と同距離同コース。

　　　　　今回の新馬勝ちで一気に評価を高めて、現時点での阪神ジュべナイルフィリーズの有力候補に押し上げられた。

　　　　　つまり、誰が見ても強い牝馬だと分かるようだが、今後に向けて不安が無くなったわけではなく、あの気性がネックになる可能性を露見してしまった。

　　　　　他馬に絡まれた場合はどうなるかは現時点では不明だが、相手が前に居ると追いかける気持ちが早まってしまうのは競走馬にとっては理想的。

　　　　　だが、武器にも弱点にもなりえるイチゴサンデーの気性は非常に危ないバランスで揺れている。

　　　　　この気性を矯正すると持ち前を無くしてしまうに等しく、新馬戦の様な追い込みが期待出来なくなってしまう。

　　　　　なので、現時点では気性を改善する気は秋子も調教師もまったく無い。

　　　　　逆に調教では他馬を後ろから追い駆ける事をメインにしており、極限まで勝負根性――叩き合いを鍛えて来年のクラシックに向けて早くも踏み出す。

　　　　「勝つには勝ちましたが、今後もこういうレースが続くんでしょうね」
　　　　「ハラハラするレース振りだし、見るのが疲れそうだな」
　　　　「それに比べると、ダンシングウイナーの方は調教師によると大人しいので入れ込む心配は無いようです」

　　　　　なるほど、と秋名は頷いてから、テーブルの上に置かれている競馬新聞を開き、イチゴサンデーに対するコメント部分を読む。

　　　　　“牝馬らしからぬ走りで１着をもぎ取って勝利したのは素直に賞賛出来る”と、コメントが短いながらも掲載されている。

　　　　　続いては本日の新馬戦に出走するダンシングウイナーの評価――印を見るために開催されるレース欄に視線を移す。

　　　　　ダンシングウイナーは新潟芝１２００ｍに出走する事になっており、印は△▲○－△、と微妙な付き具合。

　　　　　調教はまずまずのタイムで駆けていて、多大な期待は出来ないが、３着までなら十分有り得ると言うのが調教師の言葉。

　　　　「ダンシングウイナーの調教評価はどうなんだ？」
　　　　「最終追い切りは併せ馬でラスト１ハロンが１２秒ジャストなので、良いとは思いますよ」

　　　　　併せた馬に半馬身離して先着だった、と秋子は一言付け加えてからＴＶのチャンネルを競馬番組に合わせる。

　　　　　新潟競馬場は好天な空の下に包まれて大勢の観客が観戦しており、罵声などが飛び交っているが、基本的にはまったりとした状況。

　　　　　新潟競馬場は小倉よりも気温が高くないが、それでも３０度近いので状況が続いているのでパドックを回る馬の発汗量は多い。

　　　　　デビュー前の２歳馬には過酷な環境だが、ある程度暑さに慣れていないと猛暑の夏は越えられないので、敢えてここでデビューする実力馬もいる。

　　　　　ダンシングウイナーもやや夏ばての様子だが、足どりはシッカリと踏み込んでおり、まずまずの調子だと窺える状態。

　　　　　現在のダンシングウイナーの人気は５番人気で、単勝オッズは９.６倍とＴＶ画面に示される。

　　　　「イチゴサンデーと比べるのはさすがに悪いな」
　　　　「父が二ホンピロウイナーですし、２歳ではまだまだ筋肉の付き具合が遅いですから比べようが無いですよ」

　　　　　イチゴサンデーは決して早熟とは思えないが、薄い皮膚の下にはしなやかな筋肉を秘めていたに対し、ダンシングウイナーはまだトモの筋肉が発展途上。

　　　　　それなりの形を保っているとは言え、現状ではイチゴサンデーには到底敵わない可能性が高いのだが、３歳秋頃になれば徐々に本格化するだろう。

　　　　「さて、どうなるでしょうか？」
　　　　「どうなるだろうな」

　　　　　と、新馬戦のゲートが切られて各馬が一斉にスタートする。

　　　　　ダンシングウイナーは３枠３番から綺麗に出て、４番手辺りをキープしつつ馬場の内側に少しずつ寄っていく。

　　　　　１２００ｍ戦なのでハイペースにならない限り、先行勢には有利な展開だったが、外から入れ込んだ馬が絡んで来て、少しずつペースが上がっていく。

　　　　　６００ｍの通過タイムは３５秒とやや早い状態になってしまい前方に位置する馬には厳しい展開。

　　　　「ちょっと……この展開だとまずいな」

　　　　　秋名が一言呟くと、同時にレースは終盤の要である直線に入り各馬が騎手に導かれていた事から開放されて、徐々に上がっていく。

　　　　　結局、先行勢は速いペースがたたって、ズルズルと下がるほどでは無かったが行き脚が鈍くなり、中団と後方にいた馬に差を詰められていく。

　　　　　ゴールインした時は中団に控えていた馬が勝利して、ダンシングウイナーは最後まで粘ったが、外からドンドン交わされていって８着と人気より下だった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。