駆ける馬　２５３話

　　　　　――１９９４年度上半期のＧⅠは全て終了し、残りのＧⅠは１１レース。

　　　　　上半期にＧⅠ制覇した馬が残りのＧⅠを勝利するか、或いは夏の上がり馬やＧⅠ未勝利の実績馬が優勝するかの見所が。

　　　　　まずは、古馬中長距離ＧⅠ戦を振り返ってみる。

　　　　　天皇賞・春は去年の菊花賞に続いてビワハヤヒデが長距離ＧⅠを連覇し、間違いなくメジロマックイーン、ライスシャワーに続く名ステイヤー。

　　　　　本格的に走るようになったのは今年の京都記念からで、今まで勝ち切れなかったのが不思議な程、現在は充実した走りになっている。

　　　　　そして、返す刀で宝塚記念はレコードタイム――２：１１.２のオマケ付きで２着馬を突き放した着差は５馬身と圧倒的。

　　　　　だが、宝塚記念に出走していたＧⅠ馬はベガとミストケープのみで、牡馬のＧⅠ馬は出走が無かったので、残念なメンツだったと言わざるを得ない。

　　　　　因みに牝馬２頭の結果はミストケープが９着で、ベガが１３着と今一つな結果だった。

　　　　　古馬短距離路線は高松宮記念をサクラバクシンオーが同レース２連覇を果たし、ＧⅠ３連勝を達成した実力は、正に１２００ｍの鬼と形容出来る。

　　　　　安田記念はノースフライト――新たに牝馬のスターが誕生し、海外馬４頭を蹴散らした実力は牡馬並みと言えるだろう。

　　　　　今後はこの２頭が日本短距離戦線を引っ張っていく存在になるのは間違いないだろう。

　　　　　それくらい、他の短距離路線の馬との実績が抜き出ているのだから。

　　　　　続いては牡馬牝馬クラシックを。

　　　　　ご存知の通り、牡馬クラシックはナリタブライアンが圧倒的な実力を見せて皐月賞が３馬身、日本ダービーが５馬身と距離が伸びる毎に着差を広げる。

　　　　　高レベルの馬が集まる牡馬クラシックで、差を詰められる所か突き放す馬はここ数年では見たことも無いタイプに分類されるだろう。

　　　　　この力強い走りが菊花賞でも出来れば、容易く３冠馬――シンボリルドルフが達成して１９８４年以来５頭目の３冠馬になる可能性が高い。

　　　　　因みにビワハヤヒデとナリタブライアンは半兄弟であり、２頭合わせてのＧⅠ勝利数は６勝にもなる。

　　　　　母、パシフィカスが産み出した偉大な兄弟が現在の日本競馬を引っ張っている。

　　　　　牝馬クラシックはマル外のヒシアマゾンが出走し、桜花賞を楽勝してオークスには向かわずにＮＨＫマイルカップであっさりと牡馬を下す。

　　　　　オークスに向かっても問題無さそうな走りだったが、今のところはマイル路線が一番合っているのだろう。

　　　　　秋には秋華賞を目指すことを調教師が公言しており、距離延長となっても問題が無い走りを見られる事に期待する。

　　　　　オークスの方はチョウカイキャロルが勝利し、ブライアンズタイムの産駒が初年度で早くも皐月賞、ダービー、オークスと３つも制してしまう。

　　　　　秋にはヒシアマゾンとの対決が控えており、ＧⅠ３勝馬が４つ目のＧⅠ制覇か或いはオークス馬がヒシアマゾンを止めるのか見所が多いだろう。

　　　　　最後に中央競馬唯一のフェブラリーＳを。

　　　　　今年も地方馬に持っていかれると思っていたが、意外な馬がそれを阻止する。

　　　　　その馬はホクトベガ――去年の秋華賞馬だが、新馬戦では２着馬に１.５秒差も付ける圧勝だったので、適正があった事を如実に表している。

　　　　　さて、今年の上半期は去年より混戦になったレースは非常に少なく、実績馬の決着で決まる結果が多かった。

　　　　　下半期では一転として荒れる決着になるかは、神のみぞが知るところ。

　　　　　と、今年の上半期のＧⅠ総編集した競馬雑誌がテーブルの上に置かれていた。

　　　　　秋子は今年出走した馬の上半期成績を古びたノートに流暢な文字で１頭ずつ書き込んでいく作業を行っている。

　　　　「……今年の上半期では重賞制覇は京都金杯の１勝のみと、去年に比べると随分と成績が落ち込んだ状況ね」

　　　　　秋子の視線はサイドボードの上に飾られている京都金杯の優勝トロフィーに向けられており、心なしか色褪せた過去の栄光に成り下がっている。

　　　　　去年はＡＪＣＣ、フェブラリーＳ、目黒記念と上半期は３勝していたので、今年は１つのみなのが秋子にとって残念な事。

　　　　　それでも、皐月賞、天皇賞・春、日本ダービー、安田記念、宝塚記念に生産馬を送り出せたのは僥倖な事だろう。

　　　　　因みにストームブレイカーが出走した安田記念は１０番人気ながら５着に入っており、マイルでの成績は相変わらず安定。

　　　　「んー、他の馬ももう少し頑張って欲しいわね」

　　　　　秋子は頬杖をつきながら、トントンと指先でノートをリズム良く叩きつつノートの書き終わった内容を読んでいる。

　　　　　ブルーフォーチュンは卯月ステークスの後に湘南ステークスに出走するも、全然相手にならず１２着と惨敗してしまった。

　　　　　エアスパイラルは父がダートで活躍する産駒を多く輩出していたので、一度ダートの名古屋城ステークスに出走すると、初ダートながら１着を得た。

　　　　　返す刀でもう一度ダートＯＰ戦の大沼ステークスに出走すると、勝ちは逃したが３着に食い込んだ。

　　　　　ダート馬のヤマトノミオは１２００ｍ戦までの適鞍が中央競馬には無いので、旭川で開催される北海道スプリントＣに登録するも、出走出来ずに秋まで休養。

　　　　　ホワイトウインドに至っては、相変わらず体調が不安定で５月以降は殆どレースに出走していない。

　　　　「秋には、もう少し頑張って走ってもらわないと……」

　　　　　秋子はひとりごちから、読み終わった古びたノートの表紙を閉じて胸元に押し付ける様な形で持ちながら、自室に戻っていった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：ノースフライト……実際には１９９３年のエリザベス女王杯で２着にに入った実績を持つ。
　　　　　注２：チョウカイキャロル……桜花賞には賞金で除外され、忘れな草賞を勝ちオークスに駒を進めた。