5月28日。

     雲が1つも浮かんでいない程の真っ青な青い空に、春の陽気が風に運ばれており、絶好の行楽日和。

     この日は競馬関係者と競馬ファンには特別な1日であり、大勢の関係者と観客が東京競馬場か或いは場外馬券所に押しかけ、あるレースを観戦する為に。

     既に東京競馬場の開門前には水曜日辺り――早くても先週の日曜日に開催されたレース終了後から並んでいるファンが居るほど。

     そして、現在は1万近くの人物が今か今かと、開門時刻を待ち望んでおり、異様な熱気で周辺まで包まれている。

     それくらい重要なレースが開催されるので、最終的には10万人以上は入場すると思われているので、一気に人口密度が過密してしまう。

     そのレース名は日本ダービー。

     イギリスのザ・ダービーを元に作られたレースであり、3歳馬のNo1を決定するクラシック2冠目である。

     ダービーには昔からの格言があり、その内容は“一番運がある馬が勝つ”と言う単純なもの。

     だが、昔は現在の最多18頭立てとは違い、20頭以上も出走していた時代なので、混戦によって1番人気が敗れる事が多かったから、この格言が出来た。

     現在は18頭立てとは言え、運が左右される事は度々あり、例えば枠の違いや位置取りなどで明暗がくっきりと別れる事があるのだから。

     それが競馬なので、どれだけの差があっても1番人気が不利を覆したりしない限り、基本的には1/18の確率でしか勝利出来ないのだから。

 

 

     さて、今年の日本ダービーに出走するメンバーは18頭とフルゲートでレースに出走する事になっている。

     だが、この馬達は簡単に言えば狭き門を潜り抜けた優駿であり、1991年度生産馬――1万5287頭の中から選ばれた馬。

     更にダービーの称号を得て、1万5287頭の中から頂点に立てるのは1頭のみと、非常に過酷な争いなのだから。

     前々日――金曜日から販売された馬券の中で最も売れたのは、前走の皐月賞で2着に3馬身突き放したナリタブライアンが1.1倍に支持。

     7戦6勝2着1回と新馬戦で2着に敗れた以外はパーフェクトな成績で、ここまで駒を進めて来たのは、圧倒的に他馬とは実力が違う。

     白いシャドロールがナリタブライアンの特徴となり、皐月賞を勝利した後頃から異名で呼ばれるようになっていた。

     “シャドロールの怪物”と一目で分かる特徴が異名となって、強さが更に際立ってしまう。

     10年前の3冠馬――“皇帝”と呼ばれたシンボリルドルフのように。

     続いて2番人気の馬はエアダブリン。

     前走の青葉賞を勝利してからの参戦で、裏開催組なのでナリタブライアンとは未対戦なので、そこが魅力的に映ったのだろう。

     3番人気はナムラコクオー。

     エアダブリンと同じくナリタブライアンとは未対戦だが、重賞3勝と今回のメンバーの中では2番目に重賞制覇を達成している実力馬。

     その中の勝ち鞍はラジオNIKKEI杯2歳S、シンザン記念、京都新聞杯、それぞれ2000m、1600m、2200mと異なる距離で勝利。

     4番人気には弥生賞を制したサクラエイコウオーが支持され、5番人気にタイフーンが支持されている状態。

     特にタイフーンは皐月賞2着の実績があるのだが、思ったよりも人気が無い理由はただ1つ。

     距離適正が長いと思われている心理が観客を突き動かしており、実際に勝利している距離は1200mの2つのみなのだから。

     今回のダービーはギリギリの距離か或いは限界を超えてしまっているので、ファンの心理は責める気にはなれない。

     秋子でさえ、結構厳しいと思っているので、東京競馬場来た当初からそれほど表情は優れていない状況。

     自家生産馬が初のダービー出走となって、5番人気に支持されるのは普通の心理状態では無い事が窺える。

     ただでさえ、1番人気のナリタブライアンの馬主も上ずった声で喋っており、如何にダービーの重さが伺い知れるだろう。

 

    「5番人気ですか……この人気で胃に来るとは思わなかったわ」
    「……あはは、わたしもだよ」

 

     秋子と名雪は同時にタイミング良く、深く嘆息を吐き出してしまうが、それでも表情の硬さは取れず、口端が僅かに引き攣ってしまっていた。

 

    「珍しいな……名雪が緊張するのは」

 

     祐一はニヤリと口端を吊り上げつつ名雪をからかって遊ぶが、からかわれている当の本人はニコリと笑顔を貼り付けて祐一の状態を看破してしまう。

 

    「震え拳は隠した方が良いんじゃない? 祐一」

 

     名雪からの指摘に祐一は軽く舌打ちをしてから、震えている拳をもう一度ギュッと深く握り直す。

     まぁ、と名雪は一言呟いてから、馬主席全体をグルリと見回しつつ殆どの人物が浮き足立っている事を確認して、と苦笑いを浮かべてしまう。

     何故なら自分自身も浮き足立っており、そこに含まれるのだから。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:エアダブリン……父はトニービンで青葉賞を制して 、ダービーに駒を進めた。
     注2:ナムココクオー……父キンググローリアスで、実際は京都新聞杯では無く、NHK杯制覇からの参戦。