駆ける馬　２４７話

　　　　　秋子が男性から購入した繁殖牝馬はやはりと言うべきか、ガッチリと筋肉質なタイプではなく、スラリとした細身の馬体だった。

　　　　　尾花栗毛の馬体に日が当たって、たてがみと尻尾が秋の夕暮れの中で揺れるススキの様に幻想的に輝いている。

　　　　　既に１４歳と比較的に高齢な繁殖牝馬だが、馬体に怪我らしいものは１つも無く、Kanonファームに居る繁殖牝馬の中でも十分に問題が無い馬体。

　　　　　現在、Kanonファームにはこの繁殖牝馬――ワイルドローズを含めて６頭いるが、血統構造は他の牝馬を類に出来ないほど日本在来の血統だった。

　　　　　とっくに売却したエターナルの代わりと言えるかもしれないが、秋子が目に付けたのは母母母母母母――６代目のスウヰイスーの直系だからだろう。

　　　　　春のクラシック２冠を制しているので、スピードはそれなりに備えていると思われるが、現在までの産駒は全てステイヤーだった経緯が。

　　　　「さて、現在は空胎と言っていましたし、何を付けましょうか？」
　　　　「短距離種牡馬で短所のスピードを伸ばすか、長距離種牡馬で長所のスタミナを更に伸ばすかだな」

　　　　　どういう種牡馬を付けてもアウトブリードになるので、選択肢は非常に数多くあるのが秋子を悩ましている原因。

　　　　　さすがに高額の種牡馬は付けられないが選り取り見取りなのは確かで、如何に今後に繋がる配合を考えなくてはならない。

　　　　「やはり、流行の種牡馬は後になると行き詰る可能性が高いし、母父になっても成功しそうな種牡馬がベストだね」

　　　　　名雪は簡単に言うが両方の条件を見なす馬を考えて配合するのは至難であり、先見の明が必須。

　　　　「そうなると最近人気のブライアンズタイム、トニービン辺りは不可能だな」

　　　　　繁栄しそうな気がするし、と秋名が一言言うとこの場にいる全員――秋子、名雪と祐一が頷いてしまう。

　　　　　秋子が示した予算は凡そ３００万までで、それなりの種牡馬が宛がう事が可能。

　　　　「んー、この種牡馬が居たけど、どうかしら？」

　　　　　秋子が指を差した種牡馬事典にはジェイドロバリーと馬名が書かれており、血統はミスタープロスペクターが父で、母父はニジンスキーであった。

　　　　　成績も地味で９戦１勝と殆ど活躍していないが、おじにアメリカの至宝ヌレイエフ、従兄に欧州の至宝サドラーズウェールズが。

　　　　　つまり、超が付くほどの良血馬なので種付け料は高いと思いきや、５０万と非常にリーズナブル。

　　　　　サンデーサイレンスが種牡馬入りした当時、ファントムとの配合を考えられていたが、お流れになった経緯が。

　　　　「私は良いと思うので、後は秋子の判断に任せる」

　　　　　と、秋名は無責任な様に言ってしまうが、この発言で既に場の雰囲気は秋子に判断を委ねる事になってしまう。

　　　　　結局、秋子の判断はジェイドロバリーとの配合を決断したようで、後日にワイルドローズを繁殖牧場に連れて行くことになった。

　　　　　そして、本日――日曜日の競馬は長距離レースのＧⅠである天皇賞・春が開催される。

　　　　　出走するメンバーは去年の菊花賞馬のビワハヤヒデ、皐月賞馬のナリタタイシン。

　　　　　そして、エリザベス女王杯を制したミストケープが出走してＧⅠ馬は３頭のみだが、他のメンバーも実績馬が揃っている。

　　　　　特に去年のアルゼンチン共和国杯→日経新春賞→阪神大賞典とＧⅡ３連勝を達成したムッシュシェルクが上がり馬として強敵だろう。

　　　　　他にはお馴染み善戦マンのナイスネイチャ、ステージチャンプ、マチカネタンホイザと又にしてもミストケープと顔を合わせている。

　　　　「本当に天皇賞・春に出走するとは思わなかったな」
　　　　「他に使うレースが無かったですからね。仕方ないですよ」

　　　　　古馬中長距離レースはこの時期だと非常に少なく、殆どの馬が天皇賞・春か或いは宝塚記念を目指すしか無い。

　　　　　ミストケープは去年こそは目黒記念に駒を進めたが、今年はハンデの事を考えると天皇賞・春の方が確実であると判断された。

　　　　　勝てる可能性は低いかもしれないが、掲示板に載るチャンスならあるので、あくまでも掲示板狙いに近い。

　　　　「目黒記念のハンデが５９.５ｋｇではなく、ギリギリ５９ｋｇなら出走させていましたね」

　　　　　サンシャインレディが予後不良になったレース――今年の１月に行われた淀短距離Ｓの事がこびり付くのか、秋子の判断はあまり責められない。

　　　　「……仕方ないな」
　　　　「ええ、仕方ないですよ」

　　　　　秋名は大きく溜息を吐きながら、チャンネルを競馬中継に合わせてシッカリと見始めてしまった。

　　　　　丁度、タイミング良く前レースの結果が表示されており、人気どおりの決着になったのが分かる結果で配当もそれほどついていなかった。

　　　　　そして、ＴＶ画面はすぐさま京都競馬場――天皇賞・春のパドックを映し出して刻々とレース開始時間がゆっくりと迫ってきた。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：ムッシュシェルク……父リアルシャダイで母父ノーザンテーストの良血。