駆ける馬　２４４話

　　　　　皐月賞のパドックが放送されており、春の陽気さが映りえる晴天の中をここに駒を進めた１８頭の優駿が紹介され始める。

　　　　　１頭を除く１７頭の馬に騎乗する騎手は如何に１頭の馬を負かせるかを、１７頭を除く１頭の馬に騎乗する騎手は如何に突き放すかを思考しているだろう。

　　　　　今年の皐月賞は混戦ではなく、各競馬新聞のレース寸評にはどこも本命戦や、相手探しなど１着馬が確定している様に書かれている。

　　　　　だが、競馬は最後まで何が起こるかは分からなく幾多の名馬が圧倒的な人気になりながら敗れた例も多数ある。

　　　　　今回のナリタブライアンは軽く勝利するか、それとも圧倒的な人気を背負ったまま惨敗するかもしれない。

　　　　　だからこそ、競馬は何年経っても分からないものだと言えるだろう。

　　　　　さて、パドックの方は１枠１番に入ったナリタブライアンが重点的に紹介され、気合の入りも誰が見ても分かるくらい充実していた。

　　　　　次は日本ダービーがあるので皐月賞の体調は７割か８割程度の仕上がりだと解説者が説明するが、現在の仕上がりでも他馬が太刀打ち出来ない程と言える。

　　　　「これじゃあ、タイフーンじゃ非常に厳しいわね」
　　　　「そうだね……あっ、タイフーンが紹介されるね」

　　　　　と、名雪が口にした途端にタイフーンの陽光で黒光りする馬体がＴＶに映し出される。

　　　　「６枠１２番タイフーン。馬体重は前走比から＋４ｋｇで、現在は４番人気です」
　　　　「きさらぎ賞以来の出走になりますが、踏み込みもしっかりしていますし、馬体重増加は成長分と見なして良いでしょう」

　　　　　と、タイフーンは良さげな評価されてからＴＶ画面は次の馬へと映り変わり、コメントされていった。

　　　　「＋４ｋｇ……まぁ、仕上がりは良い方みたいね」

　　　　　秋子は整った眉を八の字にしつつ、何かを考える様に思考をＴＶから外し、少し経ってから今回の馬体重に納得した様で、やんわりとした表情に戻る。

　　　　　ダービーの事を考えたのかも知れないが、その本心は窺う事は出来ない。

　　　　「作戦は騎手に任せるように調教師に言っているの？」
　　　　「そうよ、だからどの様に騎乗するかは不明だけど、積極的に乗る事と同じ３歳馬だから、完全に勝てないとは思わない事と伝えてあるわ」

　　　　　今まで脚質は差しが多かったが、どうも今一つ最後の最後で気を抜く事があるので、ＧⅠ戦である今回は脚質を変えるかもしれない。

　　　　　奇襲は１回限りだからこそ意表を突けるものなので、滅多に使用出来ないのがネックだが、嵌れば勝利する可能性が高くなる。

　　　　　パドックではいつの間に騎手が騎乗して、再び各馬が厩務員に手綱を曳かれて闊歩し始め、数周した所で地下道から本馬場に向かっていく。

　　　　　そして、数分後にナリタブライアンを先頭に観客の絶叫が響く本馬場入場が１頭ずつ成績を交えて紹介されていく。

　　　　「６枠１２番タイフーン。ここまでの成績は６戦２勝です。そろそろ善戦マンを返上してＧⅠ制覇になるか？」

　　　　　と、タイフーンがキャンターで馬場を駆けつつ、アナウンサーによって紹介されたが、実に的確ある善戦マンを返上したいのは最もの事。

　　　　　キャンターでの走り具合は一瞬だけだったので、正確には分からなかったが悪くは無い感覚。

　　　　「うん、良さそうじゃない？」
　　　　「何事も無く走れれば、良い所まではいけそうね」

　　　　　そして、二人が話している間に待機所で輪乗りしていた馬と騎手がゲート前に集合し、徐々にレース開始時間が近づいてくる。

　　　　　その間に秋名と祐一がリビングにやって来て、少し遅れてスタッフ２名も皐月賞を観戦するためにリビングに上がりこんでくる。

　　　　　そして、中山競馬場で開催されるＧⅠ時のファンファーレが生演奏され、観客はそれに合わせて丸めた競馬新聞を叩いて手拍子で行動をする。

　　　　「各馬順調にゲートに入って、第５４回皐月賞のスタートが今、切られました」

　　　　　出遅れた馬は１頭もおらず、タイフーンは後方２番手からと珍しく追い込みに賭けるようだ。

　　　　　因みにナリタブライアンは馬群に囲まれているも、堂々とした走りで壁などはまったく問題が無そうな様子。

　　　　　スタンド前からのスタートなので入れ込んでしまう馬も居たが、上位人気は入れ込む事も無く虎視眈々と優勝を狙っている意思が感じられる。

　　　　「さあ、第１コーナーを回ったところで先頭はサクラエイコウオー……」

　　　　　突き放す勢いで逃げているが、ペースは速くこのまま行くと潰れる可能背が出てきている。

　　　　　そのため、２番手に控えているフジノマッケンオーは騎手の指示に従って、４馬身程離れた場所で先頭の様子を窺っている。

　　　　　１番人気のナリタブライアンは現在７番手辺りを駆けており、タイフーンは更に後ろの１６番手に。

　　　　「これは結構速い……これは上手くいけば豪快に伸びる可能性があるな」
　　　　「１０００ｍの通過タイムは５８.３秒です、先行に位置した馬には非常に厳しい展開です」

　　　　　と、秋名が声を発したと同時にアナウンサーが１０００ｍの通過タイムを上げて、ハイペースだと言う事を示す。

　　　　　先頭を駆けていたサクラエイコウオーはやや行き脚が鈍ったようだが、逃げる勢いは変わらずに先頭を維持している。

　　　　　８００ｍ。

　　　　　ここで、レースがゆっくりと動き出し１番人気の宿命と言える行為――逃げ馬を捕らえるためにナリタブライアンがジリジリと差を詰めてきた。

　　　　　その動きに釣られて、観客席からは怒声や悲鳴が交じり合った声が競馬場を包み込んでいる。

　　　　　ここでフジノマッケンオーが先頭に立ち、サクラエイコウオーは抵抗を続けているもの直線に入った途端に止まるだろう。

　　　　　そして直線へと、各馬が一気に雪崩れ込んだ事でレースが動いて、後は３１０ｍしかない直線を駆けるのみ。

　　　　　ナリタブライアンは放たれた銃弾の様な加速で馬群を軽く突破し、騎手の一押しでフジノマッケンオーとの差が徐々に無くなっていく。

　　　　　残り２００ｍ。

　　　　「ここでナリタブライアンが先頭に立ち、大外からはタイフーンが徐々に追い上げてきています！！」

　　　　　目の前にある高低差約３ｍ近くの坂を先頭でナリタブライアンが駆け、凡そ２馬身程後ろにタイフーンが必死に追い上げている。

　　　　　そして、残り１００ｍの時点でナリタブライアンは更に加速して一気にゴール板に先頭で駆け抜け、競馬場には大歓声が包み込んだ。

　　　　　タイフーンは必死に追い上げて２着だったが、結果的には３馬身の差と１：５９.０と言うレコードのオマケ付きの前では惨敗と言わざるを得ない。

　　　　　戻る　　　　　 ←　→

　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。