刻々と時間がゆっくりと進み、その間に競馬場を押しかける程の観客が入場していく。
その競馬場はやや歪型のおにぎりを形にしたようなコースが特徴的で、東京競馬場に比べると実力通り譜面は受け取りにくい。
そして、本日開催される重賞――GⅠはクラシックの1つなので、大量の観客がある馬の結果を見に来たと言っても過言ではないだろう。
そのレース名は皐月賞。
中山競馬場と言うトリッキーなコースで行われる牡馬クラシックの1冠目で格言では“最も速い馬が勝つ”と言われている。
今年の出走メンバーは去年――ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンのように3強ではなく、1強だと言われる程である。
その出走馬の名はナリタブライアン。
敗れた新馬戦以外は全て圧勝しており、デイリー杯2歳S→朝日杯フューチュリティーS→共同通信杯と現在は重賞4連勝を達成中。
どのレースも楽な手応えで鞭も使われず、騎手は本当に道中の位置取りをペースに合わせるだけで、直線に入ったら馬の邪魔にならない様に何もしない。
それくらい実力の差は明白で、皐月賞の単勝売り上げはダントツでナリタブライアンのみが1倍台に押されていた。
他の馬もその首を狙っているのだが確実に分が悪く、勝ち目は非常に低いとみなされている。
ラジオNIKKEI杯2歳Sの勝ち馬ナムラコクオーは出走せず、やや手薄なメンバーと言っても良いかもしれない。
クラシックに繋がる重賞勝ち馬で出走しているのは弥生賞馬のサクラエイコウオーとスプリングSのフジノマッケンオーくらい。
どちらの馬も2番人気と3番人気に押されているが、オッズは10倍台とナリタブライアンとは圧倒的な差がハッキリと分かる。
誰が見ても実力の差はハッキリと浮かび上がるほど明白で、3冠馬と言われるのは納得出来る事柄だろう。
そして、Kanonファームの生産馬であるタイフーンは4番人気になっており、オッズは12.5倍とそこそこの評価が現れている。
競馬新聞には△△▲×注で、○は1つも無いが無印よりは遥かにマシと言えるだろう。
因みにナリタブライアンは◎が5つと絶対的な本命として、揺るぎない評価を与えられている。
「んー、勝てなくてもある程度は抵抗が出来そうだね」
「そうね。ナリタブライアンを除く他のメンバーはまちまちな成績が多いし、上手く行けば2着は堅いわね」
名雪の言葉に秋子はシッカリと頷きつつ、同意しながらTVに流れる皐月賞の前レース――卯月ステークスが映っている。
そのレースにはブルーフォーチュンが出走しており、現在はジリジリと逃げ脚を伸ばして、2番手以降の馬に2馬身程の差を付けている。
1600m戦なので、800mを過ぎた時点の展開はやや平均ペースよりも速く、ラップは43.9秒と刻まれている。
「ちょっと速いけど、脚を溜める事が出来ればいけるかな?」
「人気も5番人気で、ノーマークに近い状況だからいける可能性は高いと思うわ」
前走のテレビ山梨杯は9番人気ながら、人気に反発して万馬券を演出し勝利しているのだから、今回も同様の事が起こりえる可能性も。
しかも、逃げ馬には厳しいコース――東京競馬場で成し遂げたのだから、中山では逃げ切りも楽な方になる。
レースは既に4コーナーに入り、約300m付近の直線をブルーフォーチュンが先頭で駆けていく。
だが、2番手との差は1馬身程に縮まっており、脚が止まりかけの状態とも言える。
残り200m。
ブルーフォーチュンはここで他馬に並ばれて、一気に突き放されていないがジリジリと首差から頭差と少しずつ下がっていく。
そして、坂を上りきった時には既に5番手付近までに後退してしまい、最早掲示板には載れない状況。
結果はゴール前に1頭の馬に強襲されて、掲示板にも載らない6着に敗れてしまった。
「うーん……ちょっと脚が持たなかったかしら?」
「中山はこれで3戦とも敗れているし、急坂は苦手かもしれないね」
東京では勝っているけどね、と名雪は一言付け加えつつ、ローカルを主戦場に移す事を意見として吐き出す。
1着との差は凡そ0.4秒とそれほど差が無い事が唯一の収穫で、近いうちに1600万下なら卒業できる可能性を秘めていた。
「ま、この話は置いておいて次の皐月賞の方が大事だね」
「そうね、ここの結果次第ではダービーにいける可能性がグッと高まるし、タイフーンの実力を見るのには丁度良いわ」
電光掲示板に卯月ステークスの結果がTVに表示され、1着から5着までのゼッケン番号と着差が映し出される。
ブルーフォーチュンのゼッケン番号は表示されていないので降着とかは無かったようだ。
そして、すぐさまTV画面が切り替わり、皐月賞に駒を進めた18頭の馬が闊歩するパドックが映し出された。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:サクラエイコウオー……この年の弥生賞馬。
注2:フジノマッケンオー……実際のスプリングSはナリタブライアンに完敗の2着。