ミストケープが日経賞で僅差の3着――1着馬と2着馬の差が首+鼻とほんの少しの差で敗れたが、負けて尚強し結果と言える。

     この結果に従って、ミストケープの実力は去年よりも充実している事が判明したのでローテーションの変更が行われ、天皇賞・春を目指す事になった。

     目黒記念に出走しても斤量が重くなるし、7月の宝塚記念まで3ヶ月も間隔が空いてしまうのが問題点として浮上したので、天皇賞を使うことに。

     実際に、日経賞以降の古馬中長距離重賞は金鯱賞――2000mか目黒記念――2500mしかない。

     金鯱賞は中京で行われるので、大型馬であるミストケープには小回りのコースはどちらかと言うと苦手と言い切れる。

     目黒記念は上記の通り斤量が重くなり、2連覇が可能かもしれないが下手すると59kg近く背負う確率が高い。

     ハンデ戦よりはマシだが、別定戦――本賞金が高いほど負担重量が重くなるので目黒記念に出走するとしたら間違いなくトップハンデを背負う羽目に。

     すると、消去方で天皇賞・春が定量戦で牝馬のミストケープは牡馬よりも−2kg軽い56kgで出走が可能となっている。

     こうしてミストケープの天皇賞・春への出走は確定し、今後は長距離――3200mをこなせる様に1ヶ月でスタミナを充実させる調教が行われている。

 

    「有り得るとは思っていたけど、実際に登録すると驚くな」
    「そうですか? わたしは普通に出走するとは思っていましたけど」

 

     去年はタケノベルベットが出走していましたし、と秋子は記憶を辿りつつ、ミストケープと同じエリザベス女王杯の覇者である馬名を出す。

     秋名は軽く人差し指で頬を掻きながら、やや納得していない表情を浮かべるが、馬主である秋子が決定したので、最早覆す事は不可能だった。

     マイラーだったらローテーションの選択があったが、生憎ながらミストケープはステイヤーなので、天皇賞を目指すしか選択が無い。

 

    「まぁ……こういう馬じゃないと天皇賞には出走させられないですからね」
    「それは納得出来るが牝馬だから勝てる確率が低そうなのが、ちょっとな」

 

     実績面では申し分無いが、天皇賞・春で結果を出した牝馬は殆どおらず、逆に3200mだった頃の天皇賞・秋では10頭も優勝した牝馬がいる。

     唯一、天皇賞・春で優勝した牝馬は1953年のレダのみで、それくらい牝馬の優勝は厳しく、秋名が最も出走に納得していない理由でもある。

 

    「……せめて、掲示板に載ってくれれば良いか」
    「楽しみは後にとって置きませんか? 今からどうこう言うのも何ですし」

 

     非常に秋名らしくない応答だが、これだけ天皇賞・春を優勝した牝馬がいないと弱気になってしまうのは誰でも当然の事だろう。

     と、秋子が遮るように話を終わらせると秋名は天皇賞・春については一切に口にしなくなった。

     けれど、天皇賞・春の話題をしなくなっただけで、月末にはタイフーンが皐月賞に出走するので、今度はこちらの話題が噴出する。

     今年の皐月賞――全ての3冠レースはナリタブライアンで決定と1冠も終了していない時期に言われる程、ずば抜けている強さを持っている。

     本来なら、共同通信杯の後にスプリングSを使う予定があったようだが、調教師が合間に余計なレースを使う必要が無いと断言してしまう仕上がり。

     隙を突けるなら、小回りのコースで行われる皐月賞の可能性が高く、紛れやすいのが利点である。

     ただし、朝日杯フューチュリティーSはナリタブライアンの圧勝だったので、既に経験したコースでは問題無く、突き放してしまうと言う見解も。

 

    「うちのタイフーンは一応、新馬戦でナリタブライアンを下しているんだよな」
    「ええ、一応ですけど……あまり自慢になりませんね」

 

     新馬戦時のナリタブライアンはシャドロールを身に着けていなかったので、影に怯えたりしていた程だったが、現在はそんな様子も見受けられない。

     なので、2人は“一応”をやけに強調しつつ、タイフーンの評価を話してしまっている。

     一方、タイフーンの方はナリタブライアンを新馬戦で破った事が運の尽きだったのか新馬戦以降の成績は5戦1勝2着3回3着1回。

     唯一の勝利は裏路線の福島2歳Sで、とてもクラシックに繋がりそうなレースではなかった。

 

    「まぁ、どっちにしてもクラシックで初めて人気になりそうですし、楽しみですね」
    「そうだな……1番人気は不可能だとして、3〜5番人気ぐらいにはなるだろう」

 

     と、秋名は予想を軽く述べてからテーブルの上に置かれているコーヒーカップに手を伸ばし、一息を吐く。

 

 

     さて、今週の競馬には5ヶ月振りとなるホワイトウインドが復帰する。

     前走の未勝利戦ではギリギリ凌いで鼻差の勝利だったので、今回の走りはどれくらいになるかまったく分からない。

     体質が弱いタイプで使い込みがしにくいので、ここまで復帰時期がずれ込んでしまったが、暖かい時期が合っていたのかここに来て体調が急上昇。

     復帰レースはカメラのフラッシュの事を配慮に入れて、中京で開催される雪うさぎ賞――1200mに出走。

     馬体とレース名がマッチしており、白毛馬であるホワイトウインドには合っているレースだろう。

     そのレースの結果は久しぶりの出走が響いたのが明白で、スローペースの5番手に位置しながら、殆ど伸びずに7着に敗れてしまった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:レダ……牝馬で唯一の天皇賞・春の勝利馬で、そのレースは同じ牝馬のクインナルビーとしのぎあった。