ここはまるで秋子の牧場とは規模が違う。

     木々の隙間から僅かな木漏れ日が秋子を降り注ぐが、生憎曇っており晴天とは言えない。

     見渡す限りの自然に囲まれており、調教コースは自然そのものを利用しており日本のトレーニングセンターとはまるで違う。

     日本では人工物なのに対して、ここは元からあった芝コースなので本当の自然である。

     時折、野生動物が飛び出すが調教をしている馬は驚いたりせず、淡々とこなしている。

     多数の馬が集団で調教を行っており、隊列は乱れる事無く進む。

     秋子はその様子を見て、はぁと感嘆しているが、それ以外の形容のしようがないようだ。

 

    「凄いですね、ここは」
    「私も初めはそう思いましたが、今でも圧倒されていますよ」

 

     秋子の声に反応したのは倉田 隆道であり、数ヶ月振りに会ったが表情などはまったく変わっていなかった。

 

    「さすが、イギリスですね」

 

     ここはイギリスのニューマーケットであり、4月とは言え寒いので秋子はデニム生地のジャンパーを羽織っている。

     秋子がイギリスに来たのは理由がある。

     中央馬主の資格が1年掛かってようやく取れたので、中央に入厩させる馬を探しに来たのだ。

     今、所持しているのは地方競馬に5頭と当歳馬1頭なので、地方馬を転厩させる手段もあるがそこまで強くないと判断している。

     日本だと2歳馬セールは行われていないので、早めに中央デビューをしたい秋子は隆道を頼って海外に来たわけである。

     そして、来たのがイギリスのニューマーケットである。

     この日は秋子が初めて海外競馬を実際に見た日として、深く心に刻みつけた事だろう。

 

 

     セリは明日の4月18日〜20日まで行われ、今日は公開調教日でタイムや走り具合で購入を決める。

     血統がマイナーでも調教タイムによっては掘り出し物になる場合があるのでよく見ないといけない。

     秋子は片手で双眼鏡を覗きこみながら、片手でストップウォッチでタイムを計る。

 

    「1ハロン11秒2と……うーん」

 

     目の前を駆けていった鹿毛の牡馬が駆け抜けたタイムを見るが眉をひそめる秋子。

 

    「晩成タイプで、ステイヤーでしょうね」

 

     隆道が言うとおり、動が長く感じるがそこまでステイヤーだと思えない。

     血統表を見ると父カンパラとなっているが活躍した代表馬も少なく、その所為か、値段は3000ギニーと安い。

     因みに生産地はアイルランドとなっている。

     ただこの馬から何かを感じるが、秋子は首を傾げてから次の馬に視線を注ぐ。

 

 

     全ての馬の調教タイムを見終わった時には、血統表が書かれた出展馬のプリントは乱雑に書いたタイムで埋め尽くされる。

     買う馬は決まっており、価格も手ごろ辺りと予想しているのでそこまで購入費は掛からないとしても、輸送費が高い。

     血統も馬体も短距離向きなのが秋子の好みだったので、値段も考えると良い方だった。

     ただ、絶対に走るとは保障出来ないので自分の眼が肥えてないといけない。

 

    「さすが、イギリスですね。血統も馬体も調教タイムも全て日本馬と違いますね」

 

     目からうろこが落ちる、とはこの事を言うのだろうと言うくらい秋子は関心しきり。

     暫くして寂しげに口を開き、何時になったら海外のレースが勝てるようになるのでしょうね、と独り言を呟く。

 

    「取り合えず、シンボリルドルフに期待って所ですね」

 

     隆道はルドルフの名を出すが、秋子は曖昧な同意しか出来ない。

     秋子はあら? と遠征する事がまだ日本では広まっていない事を思い出す。

     それは本当ですか? と隆道に尋ねると頬を掻きながら、頷くので事実のようだ。

 

    「オーナーがフランスのロンシャン競馬場を視察したみたいですよ」

 

     オーナーはどうやら凱旋門賞に出走の意欲があるようだが、宝塚記念の結果次第では出走をしないようだ。

     去年も日本ダービー後に海外遠征の話はあったのだが、立ち消えていった経緯があり、菊花賞に出ないで天皇賞・秋を狙うとかもあった。

     だが、今回は本気らしくマスコミに教えないで視察を行ったのでかなり狙っていることが伺える。

 

    「……けれど、厳しいでしょうね」

 

     今年の出走馬のレベルは分からないが、輸送方法などが難しく環境もガラリと変わるので馬は体調を崩す。

     そして、1週間後辺りでレースが行われるので、今まで挑戦した馬は惨敗が多い。

     だが、秋子の中ではルドルフならと言う思いもある。

 

 

     コツコツ、と石畳を踏み鳴らしながら歩いていると何時の間に、外見が古びているホテル前に辿り着いていた。

 

    「では、また明日」

 

     隆道は頭を下げて、自分の家に戻っていく。

     泊まりませんか、と秋子は誘われていたのだが、隆道には家族がいるので丁寧にお断りしている。

 

    「さて、今日は早く寝ますか」

 

     外見は古びているが、内面は綺麗に整備されているホテルを眺めてから呟いてシャワーを浴びるべく、早足で部屋に戻っていった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:カンパラ……トニービンの父。主な産駒はトニービンくらいしかおらず、本馬もG�珪,舛里澆任△襦�
     注2:凱旋門賞……世界でもっとも権威のある芝G�気覇�本馬も出走しているが勝利は無し。
     注3:ロンシャン競馬場……自然を利用した競馬場であり、フォルストレートと言う直線があるが、日本で言うと擬似直線の事。