駆ける馬　２３話

　　　　　子馬が産まれてから５日経ったが、ひとまず病気はならなかった。

　　　　　この時期は身体の仕組みを変え、栄養摂取方法を新たに組み直す時期。

　　　　　体調が不安定になる事が多いので、秋子と秋名は交代で見守っており、通常の牧場業務もこなすので疲労困憊になる。

　　　　　この事はまだ、祐一と名雪には任せられないので秋子と秋名が行うしかなかった。

　　　　　そのため秋名は肌が荒れた、と個人的な事をぼやいて秋子を苦笑いさせている。

　　　　　それくらいこの時期は苦労が多いと分かる。

　　　　　来月までには種付けする種牡馬を決めないといけないが、高額馬はこの時期には申し込みは一杯なので不可能に近いが。

　　　　　新しく購入した種牡馬リストの辞書くらいの分厚い本には、今年から種牡馬入りしたビゼンニシキがトップページである。

　　　　　理由はシンボリルドルフのライバルとして、トップを飾ったとしか思えない。

　　　　　まだ、秋子としてはカツラギエースがトップページの方が納得出来るが、血統が重いからだと思われたようだ。

　　　　「今年は何を付けるんだ？」

　　　　　秋名は秋子がページを捲っているがお構いなく横から覗き見ている。

　　　　　そうですね、と呟いてからペラペラとページを捲りある場所で止まる。

　　　　　英文で馬名が書かれており、その下にカタカナで分かりやすく書かれている。

　　　　　Artaiusと書かれているが、秋子と秋名も読めないのでカタカナの方に自然と視線が移ってしまう。

　　　　「アーティアス……ね」

　　　　　血統はラウンドテーブルが父となっているが、海外競馬が疎い二人にはピンと来ない馬。

　　　　　倉田　隆道にラウンドテーブルの成績や血統を後に聞くとして、秋子はこの馬に決めたようだ。

　　　　　血統は日本では馴染みが少ないラウンドテーブル産駒であり、先祖はセントサイモンである。

　　　　　秋子はかなり長距離タイプの馬だと思ったが、生産地がアメリカと書かれているので重くは無いと思ったようだ。

　　　　　ただ、主戦地はアメリカではなく欧州となっているので重厚なのは間違い無いだろう。

　　　　　成績は７戦３勝と少なく、デビュー戦がいきなりＧⅡであり、それでも２着となっているので秋子にとっては驚愕の事実。

　　　　　その後、２０００ｍと１６００ｍのＧⅠを連勝しているので実力はあったのだろう。

　　　　　２０００ｍのＧⅠはレコード勝ちをしているので、これが秋子の中では更なる決定権となった。

　　　　「種付け料は５０万でフリーリターンとなっているな」

　　　　　秋名はリーズナブルだな、と呟いている。

　　　　　決定権は秋子が下すので、秋名は自身が決められない事には文句は言わない。

　　　　　自分はサポートするだけに手伝っていると言う自負があるからだ。

　　　　「まぁ、それは置いておいて……牝馬だったな」

　　　　　秋名は残念そうに言うが、秋子は仕方ないです、と呟くだけ。

　　　　　むしろ牧場の基礎牝馬になってくれれば、とそっちの方に願いを託す。

　　　　　んっ、と秋子は背伸びをしてから視線を壁時計に向ける。

　　　　　そろそろですね、と秋子はいきいきと喋りながらテレビのチャンネルを合わせる。

　　　　　そう、今日は所有馬がダイオライト記念に出走する日であった。

　　　　　１月と２月のレースを３連勝しており、今が最も調子が良い時期と調教師がコメントをしている。

　　　　　なので、秋子は期待をしているが秋名は半信半疑であった。

　　　　　どっちの目が正しいかはこのレースの結果で分かる事になる。

　　　　　出走頭数は９頭と少ないが、中央からも出走しており交流レースらしい顔ぶれである。

　　　　　そして、ゲートインはどの馬も順調に行われ、前回の別馬が中央に遠征した時の様にはならない。

　　　　　今回はホームなので、特に入れ込む事が無かったとも言えるが、馬場はぐちゃぐちゃの馬場で泥水になっている。

　　　　　こうなると泥を被って馬が入れ込む様になるので、この事は気になるようだ。

　　　　　そして、何事も無くスタートが切られる。

　　　　　秋子の馬は３番手に位置しており、前の２頭とは１馬身程しか離れていない。

　　　　　なので、泥を被っているが入れ込む様子も無く前を向いて集中している。

　　　　　まだ、始まったばかりなので集中は何処まで持つかは分からない。

　　　　　その後ろは残りの６頭が集団で走っているが、どの馬が抜け出そうか争っている。

　　　　　そして、最後の４コーナーを回り直線に入る。

　　　　　一番最初に抜けたのは秋子の馬なので、２人は腰を上げて応援してしまう。

　　　　　直線３００ｍしかないので早めに抜け出せば勝利出来る可能性があり、このどろどろの馬場では後続馬は苦しい。

　　　　　だが、残り２００ｍになると１頭の馬がドンドンと近づいてくる。

　　　　　その馬のゼッケンにはロッキータイガーと書かれている。

　　　　　同じ舟橋地区の４歳牡馬であり、４連勝してこのレースを臨んでいる。

　　　　　残り１５０ｍで馬体を合わせられて、叩きあいになるが秋子の馬は少しずつだが下がっていく。

　　　　　残り１００ｍでは２頭を飲み込むように追い込み馬が襲来。

　　　　　けれど、ロッキータイガーの勢いは変わらず先頭を駆け抜けた。

　　　　　秋子の所有馬は最後に中央馬のアンドレアモンに交わされて３着に破れてしまう。

　　　　　結局、このレースは３着となったがKanonファームから見たら、この結果は今まで挑戦した重賞の中では最高の着順であった。

　　　　　そして、テレビの電源をブチッと切る。

　　　　「やっぱり、重賞は甘くないですね」

　　　　　そう呟いて秋子は厩舎に落胆しながら向かって行った。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：アーティアス……父ラウンドテーブルの代表馬であり、ＧⅠ３勝馬。アメリカで産まれて、先祖の地に帰ったとも言う。
　　　　　注２：ラウンドテーブル……６６戦４３勝のタフな馬であり、うち着外は３戦のみ。
　　　　　注３：セントサイモン……ベルギー最強馬として降臨したが、仔が活躍しすぎて近親配合が行われて、急激に滅んだ馬。
　　　　　注４：ロッキタイガー……地方競馬の名馬の一頭。１９８５年のジャパンカップで２着になった実力馬。
　　　　　注５：アンドレアモン……２年連続優駿賞最優秀ダートホースに選ばれているが、この時代にはＧⅠがなかったので今だとどうだか分からない。