外は暗闇に覆われており、星が光っているのが分かる状態。

     東京の空と違い、北海道では空気が澄んでいるので星がより輝いて見える。

     が、Kanonファームにある厩舎では扉から電灯の光が洩れており、外とは違い内部は明るい。

     2人は1頭の繁殖牝馬を見守っており、牝馬はガサガサと寝藁が足に絡み付くのを気にせず、盛んに動いている。

     そう、この動きは出産前の動きであり、もう直ぐ生まれることを示している。

     秋子と秋名はコーヒーを飲みながら見守っているが、そろそろポットに淹れて来たコーヒーが無くなる頃。

     春とは言え、ここは北海道なので夜になると未だに寒いのでコーヒーが無くなるのが早いのは仕方が無い。

     コポコポとカップに新しく継ぎ足すと、最後だったらしくピチャンと残りが零れた。

     秋名はキャップを取り外し、中身を覗き見るがすっかり空っぽであった。

 

    「……そろそろ産まれて欲しいが」

 

     秋名は欠伸をしながら右腕に着けている時計を見ると、長針は12と1の間を指して、短針は3を指している。

     つまり、午前3時を少し過ぎた所。

     秋子も欠伸をかみ殺しながら、牝馬の成り行きを見守っているが、流石に船を漕ぎそうになっている。

 

    「おい、起きろ。秋子」

 

     ぺちぺち、と瑞々しい秋子の頬を叩くが、起きないので今度は引っ張ってみる。

     むにゅむにゅ、と柔らかい頬を引っ張ると、流石に痛みで秋子は目を覚ます。

 

    「寝ていましたか?」

 

     秋名は頷いて同意をすると、秋子は簡単に謝る。

     と、この様に出産を待っているが兆候はまだ現れない。

 

 

     秋子を起こしてから20分程、経った時にようやく兆候が現れる。

     牝馬は落ち着いて、寝藁に座り込むと破水をしており、子馬の脚が覗かせている。

     2人は急いで馬房内に入り、逆子ではないかチェックする。

     どうやら、逆子ではないらしく、2人はハモって安堵の溜息を吐く。

     逆子だと母子の身体に負担が掛かり、子馬が窒息する可能性が高いので子馬だけを殺す事はざらにある。

     その方が母馬は死なないので、後にまた種付けを行う事が出来るので、逆子だと安楽死を選ぶ牧場の方が多い。

     サラブレットの出産はかなり子馬に対しての危険が多いのだが、この事に関しては馬の医学が発展しないと厳しいだろう。

 

    「姉さんも引っ張ってください」

 

     ぬるぬる、と羊水で濡れている子馬の脚を引っ張り、母体に負担が掛からない出産を手伝う。

     ずるずる、と引っ張り出された子馬は羊水で全身が濡れているが、母馬が舐めている。

     子馬は鹿毛で小さな星があり、脚には左前足の蹄のやや上部分だけが白い。

     秋子は毎年手伝っていたのであまり感傷は無く、逆に秋名は目を細めて感傷深そうであった。

     数年振りに子馬を取り出すので、その事を踏まえても秋名には感傷深いのだろう。

     母馬は後産で既に胎盤を排出している。

 

    「ひとまずは安心ですね」

 

     既に子馬は目を開けて、立ち上がろうとしているが長い脚が絡み合って上手く立ち上がれない。

     人間の子供と違い、子馬は3時間程で立ち上がらなければならないのは元野生だった時の名残。

     1時間ほど経った頃だろうか、子馬の足取りはまだしっかりとしていないが、それでも歩きながら母馬に近づく。

     母馬は初産なので授乳に対しての危惧があるかと思ったが、そんな心配は必要なかった。

     これで一段落は終わったが、後は子馬が体調を崩さないように5日程見守る必要がある。

 

    「姉さん、戻って寝て良いですよ」
    「……じゃあ、言葉に甘えて」

 

     ふらふら、と秋名は歩きながら家に戻っていく。

     この後は、朝飼い葉を与えて放牧をするのでどちらかが休まなければならない。

     作業効率を考えると朝は自分がやって、昼は姉に任せたほうが良いと秋子は判断したのだろう。

     とは言え、流石に秋子も眠たそうになっているが頬を強く叩いて気合を入れなおす。

     全ての作業が終わった時には秋子の目の下には隈が出来ていた。

     体力は既に限界を超えており、家に辿り着いた時には玄関を開けた所までしか持たなかった。

 

 

     んっ、と秋子は目を覚ますと自分が玄関で眠ってしまった事を思い出して恥ずかしそうに頬を人差し指で掻く。

     自室まで秋子を運べるのは秋名しかいないので、後でお礼を言わない、と呟く。

     ちらり、と壁に掛かっている時計を見ると正午を少し過ぎた所。

     秋子は身体に掛かっていた毛布を横に退けて、秋名の元に向かう。

     この時間だと飼い葉桶を洗っている時間なので厩舎に向かって行くと予想通り、秋名は飼い葉桶を洗っていた。

     祐一と名雪も厩舎に居たが子馬を見ているので、秋子の事は気付かなかった様だ。

 

    「おっ、起きたか」
    「はい、おかげ様でぐっすりと眠れました」

 

     そう、と秋名はそれだけを言って飼い葉桶の汚れを洗い流す。

     秋子もそれ以上何も言わずに寝藁をひっくり返して乾燥させるために馬房に向かって行った。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:逆子……子馬が産まれる時にもっとも危険な状態であり、後脚が         出ていると首がつっかえて窒息する可能性がある。