タイフーンはきさらぎ賞で又にしても重賞で僅差の2着に敗れ、どうしても後一歩が足りない状況。

     だが、取得賞金は既に一定以上を稼いでいるので、クラシックの出走は取得賞金順で得る事が可能で、無理にトライアルレースを使う必要は無い。

     ただ、勝てると思われたレースで首差の惜敗はちょっとばかり、今後の影響を考えると何かしらの修正点が加わるのは間違いないだろう。

     共同通信杯を制したナリタブライアンも日本ダービーの為に、東京競馬場を走ったに過ぎず今後は皐月賞を1本で狙うと既に調教師が発表している。

 

    「はぁ……後一歩が遠いですね」
    「6戦2勝2着3回3着1回だもんな、強いんだか弱いんだか分からなくなった」

 

     秋子は軽く眉間をスラリとした指で押さえつつ、溜飲を吐き出して項垂れてしまう。

     秋名も同じように溜息を吐いてしまい、項垂れる事は無かったがうんざりした様子が窺える。

     賞金は咥えて来てくれるので、非常にありがたいのだがやはりと言うべきか勝利してこそが1番の励みになるのだから。

 

    「所でちゃんとタイフーンはクラシックに向かわせるんだよな」
    「ええ、勿論ですけど……それがどうかしましたか?」
    「いや、皐月賞には出走してもダービーを回避してNHKマイルカップに出走させるかもしれないから、釘を指しておくだけだ」
    「……そんな事はありませんよ」

 

     どうだか、と秋名は肩を軽く竦めつつ、普段の鋭い眼力を持つ吊り目がグッと細められて、秋子を射抜くような視線で疑いかかる。

 

 

     数秒近く時間が経つと、秋名は普段の目付きに戻して何事も無かったように話題をあっさりと変更してしまう。

 

    「所で今年の配合は決定したのか?」
    「まだですよ。軒並み値上がりした種牡馬も居ますし」

 

     その種牡馬はナリタブライアンの父――ブライアンズタイムで、初年度が200万から、一気に500万までに値上がりしてしまった。

     フレッシュサイアーリーティングの座を得て、更にナリタブライアンを輩出した事で評価が格段に上昇した。

     もしも、今年のダービーをナリタブライアンが制すると1000万近くの種付け料になってもおかしくない。

 

    「それに、最近の種付け料の値上がりが頭を悩ます問題の1つなので、配合を考えるのが厳しいんですよ」

 

     秋子は苦笑いを小さく漏らしつつ、テーブルの上に置かれている種牡馬事典に視線を移して溜息を深く吐いてしまった。

 

    「一応、配合相手は決定しているんだよな?」

 

     秋子は曖昧な表情で頷きつつ、案として出ている種牡馬の名を1頭1頭挙げていく。

     リアルシャダイを父に持ち、3歳重賞戦線で活躍したイブキマイカグラ。

     日本ダービーを逃げ切り勝ちで収めたアイネスフウジン。

     宝塚記念でライバル馬であるメジロマックイーンを下したメジロライアン。

     1986年の皐月賞馬であるダイナコスモス。

     父はアメリカ短距離種牡馬として人気が出てきたダンジグを父に持つアジュディケーテング。

     と、どの種牡馬も価格が安く全5頭で500万もあれば、十分に付けられる値段。

     メジロライアンは2年目の今年は一気に値下がりし、120万から80万まで落ちたので血統構造から見ても付けないのは勿体無い。

 

    「相手はまだ決まっていませんけど、一応こんな感じです」
    「これは、またマイナーな種牡馬を狙うな……特にアイネスフウジンとイブキマイカグラなんかは父系がステイヤーだろ」

 

     秋名は苦笑を漏らしつつ、秋子がイブキマイカグラを選んだ理由がリアルシャダイの血統を持つ種牡馬を求めたのは納得が出来るようだ。

     だが、アイネスフウジンの方は納得がいかないようで、仕切りに唸りつつ首を傾げてしまっている。

 

    「アイネスフウジンはルリイロノホウセキに付けようかな、と思っています」

 

     アローエクスプレス―ノーザンテースト―ビゼンニシキの血統が3代繋がっており、血統はどちらかと言うと軽い=スタミナ不足になりえる要素。

     そこでアイネスフウジン自身のスタミナに父であるシーホークの長距離適正を加えて、スタミナを補強する考えを秋子は示す。

 

    「と、まぁ実際にスタミナが補強されるかは分かりませんが、ずっと短距離に偏った血統を付け続けるよりはマシでしょう」
    「最近は短距離志向の血統を急激に取り入れようとして、失敗したと言うのも良く聞くからな」

 

     現在の競馬はどうしても短距離競馬が優先されるようになり、長距離競馬は徐々に淘汰されていくが完全に需要が無くなるわけではない。

     短距離血統がいつか行き詰まれば、逆に長距離血統を持つ種牡馬が台頭しステイヤーが再び注目を浴びるだろう。

 

    「だから、バランス良く短距離、長距離、ダートの種牡馬を選んだんですよ」

 

     これをそのまま付けるとは限りませんけど、と秋子は一言付け加える。

     この配合予定が、どのような結果を生み出すかは誰も分からないが、これが秋子にとっては最も楽しい時間と言えるだろう。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:アジュディケーテング……シャンペンSを勝利しているアメリカ馬。
     注2:ダンジグ……3戦3勝で圧倒的なスピードを持ちながら、重賞は未出走で、ダンチヒかダンジグでの読み方の論争が行われる事が度々ある。