サンシャインレディの骨折は非常に重傷で、左前脚開放骨折と皮膚を折れた骨が突き破った状況で治療の施しがし様が無いほどの重傷。

     即ち、例え治療が出来たとしても骨折した左前脚を除いて3本の脚でおよそ500kg近くある馬体を支えなくてはならない。

     今度は血の循環が脚に行き渡らなくなり、蹄葉炎を発症してしまう可能性が非常に高く蹄葉炎は現在の医学では不治の病なので安楽処分の手段しかない。

     そして、サンシャインレディの歴史はここで途絶え、残されたのはレースを勝利したという記録のみが記された。

     サンシャインレディ 1989年産 父アンバーシャダイ 母エターナル

     20戦4勝 主な勝ち鞍……紅葉特別(1000万下)

     記された文章はたったの2行だが、存在していたという事がハッキリと分かるのが事実として秋子が所持するノートに馬名が書かれている。

 

    「遂にわたしが牧場を引き継いでから初めての予後不良馬が出てしまいました      か……」
    「今まで故障発生が起こらなかった方が異常だったと思うし、避けて通れない道を通っただけだろう」

 

     秋名は秋子の悲痛な声を上から遮るように言い、如何にKanonファームの生産 馬が故障しない事が窺える事態。

     今までの故障馬と言えばサイレントアサシンの骨折とウインドバレーの屈腱炎が主だった。

     そこにサンシャインレディが安楽死処分として加わってしまったが、購入馬を含めて18頭の中から初めての予後不良馬なのだから、如何に丈夫かが分かる。

 

    「私達が出来る事は同じ事を繰り返さない様にするのが馬への恩返しだからな」
    「……まぁ、そうなんですけどね」

 

     それくらししか出来ないからな、と秋名は自分が発言した言葉に対して頷いて、秋子も曖昧な頷きを覗かせる。

     秋子が牧場を引き継いでから初めての予後不良が出てしまったので、秋子の言葉から力強さはあまり感じられない状態。

     暫くは引きずる可能性が高く、経営の事は普段よりも秋名がサポートする割合がグッと増加しそうで秋名は深く溜息を吐いてしまう。

     秋子は秋名が吐いた溜息が分からないくらい焦燥しており、自分が生産した馬がなくなるのはやはり堪える事が窺えた。

 

 

     その頃、名雪と祐一は美坂家――即ち、香里の部屋で相変わらず勉強を祐一に繰り返して教え込んでいる。

     カリカリとシャープペンの音を立てながら、3人は一様にノートを見たまま決して顔を上げずに勉強に取り組んでいる。

     ふと、香里は何かを思ったのかノートを取ったまま口を開き、やや沈痛な面持ちでゆっくりと名雪に向かって話す。

 

    「……残念だったわね」

 

     名雪は、香里の言葉に対して首を傾げていたが、暫くすると香里が何の事を言っているかが分かったようで、シャープペンをその場に転がして口を開く。

 

    「サンシャインレディの事だよね? うん、残念だったね」

 

     香里は馬名が出てこなかったようで小さく頷いてから、それだけ? と名雪に言いたげな視線を向けてしまう。

     名雪はあまり悲しんでいる様子が無いので、香里は訝しい表情になってしまうが、当の本人は気にした様子ではない。

 

    「悲しんでいる暇があったら突き進まないと駄目だから、もう既にわたしの中ではサンシャインレディは過去形になってるよ」

 

     日常茶飯事の出来事だしね、と一言を名雪は付け加えており、実際に1日で数頭近くが様々な原因で亡くなっているのだから。

     香里はジッと目を細めつつ、名雪の表情をもう一度窺うが嘘を言っている顔では無かった。

 

    「……本当に相変わらず冷静ね」
    「ありがと。褒め言葉として受け取っておくよ」

 

     香里の皮肉をあっさりと交わして、名雪は再びシャープペンを握り直してノートに文字を書き始める。

     名雪は競馬の事に関しては冷静な視線で見る事が出来るので、その点は非常に優れていると言えるだろう。

     むしろ、ここまでの性格になったのは秋子よりも秋名の影響が最も強く、もしも秋名が居なければ違う性格になっていたのは確かかもしれない。

     名雪が自身で選択したので、秋子よりも秋名の性格――強気で基本的には現実主義である秋名の方が競馬の中でやりやすいと思ったのだろう。

 

    「最近、妙に名雪から威圧感があるんだよな」
    「そう? 自分ではそう思っていないけど……」

 

     祐一のぼやきに名雪は反応し首を傾げてしまうが、まったく自覚が無いようだ。

     ふぅ、と祐一は溜息を吐いてから項垂れてしまった。

 

 

     外は相変わらず雪が幻想的にちらちらと降り続けており、暫くは止みそうも無い状況。

     まるで、この降雪は亡くなったサンシャインレディに対し捧げる形になっており、名雪は香里の部屋にある小さな窓から暫く空を眺め続けていた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。