ストームブレイカーが京都金杯を制した事で、Kanonファームは早くも去年のエリザベス女王杯に続く重賞を得た。
母ファントムの産駒では初の重賞制覇をした馬になり、今までの実績からすると遅すぎると言えるかもしれない。
実際にアストラルやサイレントアサシンを輩出しているが、OPクラスまでの勝利はあっても重賞勝ちは1つも無かったのだから。
これで8つ目の重賞であり、後2つ制覇する事が出来れば2桁の10勝目に到達出来る。
出来れば今年中に達成したいのが秋子の本音だろうが、リーチ直前になると記録達成が難しいのは誰もが一度は体験しているので高望みは出来ないだろう。
今後、重賞戦線で走りが期待されるのは、ミストケープとストームブレイカー、それにタイフーンと言った所。
デビュー前の2歳馬が2頭いるが、秋子はデビュー前の馬には多大な期待を掛ける事はせず、走るかどうかすら分からない2歳馬に評価は与えにくい。
もっとも、イチゴサンデーが既に入厩した折坂厩舎では、気性に梃子摺る事が多いが駆ける時のバネが素晴らしいと絶賛されている。
これだけの評価をされた馬は歴史上多数いるが、実際に活躍出来た馬はほんの一握りだけ。
なので、秋子がデビュー前の馬を評価しないのは過大評価をし過ぎると、惨敗するのを見たくないからだ。
「まったく、もうちょっと評価しても良いだろうに」
「そう言われても性分ですから、それは難しいですよ」
やれやれ、と言いたげに秋名は肩を竦めてしまうが、秋子は気にした様子も見せずに競馬新聞を開き、京都金杯の詳細部分を読み始める。
ストームブレイカーの今後は安田記念に向かう為のローテーションを組む予定と陣営コメントに書かれており、春の目標は安田記念で決定したようだ。
「安田記念ですか……逆算すると、次走は中山記念の可能性が高いですね」
秋子の予想では中山記念→京王杯スプリングC→安田記念のようで、独り言が口からポツポツと漏れている。
秋名は苦笑いを浮かべるが、この状態の秋子を止めるのは不可能に近いので達観して優雅にコーヒーカップを口に付ける。
「まぁ、どれくらい走るかは分からんがヤマニンゼファーが引退した分、大きく空洞化しただろうな」
短距離路線は未だにサクラバクシンオーが王者として君臨いるので、堅固な絶対王政が続くと見解されている。
逆にマイル路線はヤマニンゼファーとシンコウラブリイが引退した事で、ガラリと王者がいなくなってしまったので、ここぞって各陣営が狙う状況。
もちろん、ストームブレイカーも狙っているので他の陣営の事を指摘出来ないが、空いた王座を狙うのは当たり前の事である。
「んー、結構いけるかもしれないな」
秋名は楽観的な発言をするも、まだレースの時期――6月まで5ヶ月近くもあるので早計かもしれないが、秋子は気にした様子ではない。
実際に出走出来るかどうかは不明なので、“if”を想像するだけでも現状では十分なのだから。
暫く、ティータイムを楽しんでいた秋子と秋名だったが、ふと二人――名雪と祐一が居ない事に気付いて、秋名が口を訝しげに口を開く。
「ところで、名雪ちゃんと祐一はどうした?」
「香里ちゃんの所に行くと言っていましたが、どうかしたんですか?」
「いや、来年は祐一が競馬学校の受験をすると思うから勉強させないとな」
ふぅ、と秋名は深く嘆息を吐きつつ、面倒くさい事になるのを実感し眉間にいくつものしわが刻まれてしまう。
実際に競馬学校の受験は某大学程の狭き門で、100人近く受けても合格者は5人辺りしかいないのだから。
「今から1年ちょっとで点数上げないと厳しいですね」
「そうなんだよなぁ……地方の方も考えておいた方が良いな」
祐一はそれほど勉強が得意ではないので、テストの成績は平均付近を毎回彷徨っている感じが多い。
因みに名雪の方がどれもバランス良く点数が安定しているので、祐一からしてみれば名雪の成績は高次元で纏まっているように思えるだろう。
「名雪ちゃんが受験したら受かりそうだけど、秋子は反対だろう?」
「……当たり前の事を言わせないでくださいよ。反対に決まっているじゃないですか!!」
悲痛の表情ながら、秋子の目付きは非常に鋭く怒気が合わさってリビングの空気がヒンヤリと冷え切ってしまう。
それだけの事故があったのだから、秋子が反対するのは当たり前で実際に名雪も騎手になる気はまっさらも無い。
「冗談だ、冗談。まぁ、それよりも祐一の成績は1年で上がるか?」
「たちの悪い冗談は止めてください……ちょっと厳しいと思いますけど、その為に名雪が香里ちゃんの所に連れて行ったんだと思いますよ」
なるほど、と秋名は頷き安堵した表情を覗かせてしまい、秋子はその表情を見て小さく笑みをこぼしてしまった。
そして、美坂家では既に祐一が香里に扱かれているのが現実となり、祐一にとっては地獄の日々が始まった。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特になし。