天皇賞・秋。
東京競馬場で行われるGⅠでは日本ダービーに次ぐ程の大レースで、歴史はこちらの方が長い。
そして、勝ち抜け制度――天皇賞を1度制覇した馬は2度と出走不可能になる事が廃止され、春と秋の連覇を目指す馬が増加している。
メジロマックイーンが目指す予定だったが、直前の左前脚部繋靱帯炎で引退してしまったがバトンは天皇賞・春で3連覇を阻止したライスシャワーに。
この制度は1981年に廃止され、現在まで11頭の名馬が挑んでいたが春と秋を達成したのはタマモクロスのみとなっている。
それくらい厳しいもので、メジロマックイーンも降着さえなければ達成していた事実があり、あれは非常に勿体ない結果と言えるだろう。
メジロマックイーンから受け継がれたバトンでライスシャワーが史上2頭目の天皇賞・春と秋の同一年連覇達成の偉業を得るのが間際に迫った。
「さて、達成されるのか阻止するのかが見所ですね」
と、秋子はストームブレイカー以外の見所をあえて口にしつつ、如何にも楽しげなものが見られる事を予想している。
だが、その言葉は僅かに震えており外見は平常心を保っているようだが、内心は普通ではなく心拍数が上がりきっている事だろう。
そして、ストームブレイカーの事を口にしないのは、レース開始時間が近付くにつれて秋子を緊張に包み込んでしまっているからだ。
現在はゲート前の待機所で18頭の馬が闊歩しており、早くも発汗で馬体を白くしている馬も入れば、落ち着いている馬が半数以上いる。
ストームブレイカーはGⅠの雰囲気に飲まれる事も無く、無事に落ち着いているので、秋子はホッと吐息を吐き出す。
「……大丈夫そうだな」
「ええ、ひとまず安心見ていられますよ……ホワイトウインドと違って非常にね」
薄ら寒い表情を浮かべ不愉快そうに、まだ根に持っている事がハッキリと窺え、部屋の室温が急激に冷え切った感覚になるが、秋名は気にした様子では無い。
実際にこの新馬戦の後は調子を落とし続けて、未だに未勝利戦に復帰出来ない状況が続いているのだから、秋子が不機嫌になるのも無理は無い。
スターターが赤旗を振り、東京競馬場特有のファンファーレがトランペット演奏で鳴り響き、各馬が誘導員に牽かれてゲートに入っていく。
最後に18番の馬が入ってから数秒後にゲートが開き、各馬が飛び出す。
「ストームブレイカーは……そこそこのスタートですか」
良くもなく悪くも無いスタートを切ったストームブレイカーは8番手付近に位置して、いつもの様に切れ味を発揮する差しの脚質。
やや内よりのゲートからのスタートだったので、多数の馬に囲まれた状況になってしまっているが、まだ始まったばかりなので問題無い。
東京芝2000mのコースは特殊で前々年のメジロマックイーンが外枠から発走し、直後の進路妨害で1着から18着になった経緯が。
なので、大外枠からのスタートは騎手に嫌がれる程で今回18枠に入った馬は大きくロスをしていた。
さて、上位人気の5頭の位置取りはライスシャワーが3番手、ヤマニンゼファーが5番手で進め、先頭はツインターボが大きく引き離す。
「結構、速いペースですね」
「1000mの通過タイムは58.9秒だし、このまま行けば前は止まるぞ」
ツインターボを追いかける馬は1頭もおらず、2番手以降の馬との差が5馬身以上と随分と縦長になっている。
このまま行けば、前で控えているステイヤーのライスシャワーでも厳しいのは確実であり、ストームブレイカーに僅かに勝算が出てきた。
3コーナーを回り、最終コーナーに入った所で後方に控えていた各馬が少しずつ動き出して、レースの展開が変わり始める。
残りは600m近くあり、日本競馬で1番長い直線と高低差が2m近くある坂が各馬を待ち受けている。
ストームブレイカーは内でジッと脚を溜めており、前走の様に外へ出す事は無いので、距離ロスで脚が持たない事は無い。
縦長にレースは進んでいたので、回りの馬が壁になる事も無いので絶好の位置取り――7番手をキープ。
秋子の表情が見る見ると勝利を確信したものへと変化しているが、まだまだ500mもあるので油断は出来ない。
そして、直線へ。
観客の叫び声がTVのスピーカーからも大量に聞こえており、臨場感は既に競馬場と一体しているだろう。
ここでツインターボが脚を無くした――ガス欠した車の様に後方からドンドンと差されてしまう。
ライスシャワーは極限のスタミナを見せ付ける動きで先頭に立ち、そのまま押し切るつもりだろうが、他の馬が簡単に問屋を卸さない。
残り200m。
既に東京競馬場の名物である坂を越えて、ゴールは直前に迫ってきている。
ストームブレイカーの騎手は後ろに控えている――5番手にいるヤマニンゼファーよりも一瞬で豪脚を繰り出し、トップの首を狙いに行く。
そして、合わせるようにヤマニンゼファーも同じタイミングで仕掛け、この2頭が一気に先頭を走るライスシャワーを抜き去ってしまう。
残り100m。
ゴール板は後数秒も走れば届く位置だが、お互いに一歩も引く様子も見られずゴールは刻々と迫ってきている。
両騎手は全力で馬の力を引き出す為に鞭と手綱を扱き、優勝の為に渾身で相手を置き去ろうとする。
そして、最後はヤマニンゼファーがGⅠ馬としての僅かな力差――大レースで積み上げてきた実績でストームブレイカーを首差押さえて優勝した。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。