北海道に夏が到来し、牧場では過酷な暑さの中で毎日作業を行うので疲労が溜まりやすくなるだろう。
そんな中でも馬は広い放牧地を駆け巡ったり、のんびりと木陰の下で草を食んだりして夏を満喫中。
2歳馬を除く現役馬6頭が秋に向けての休養に入っており、今までガラガラだった放牧地が急激に賑やかになった。
そのうち現役牝馬放牧地には4頭の牝馬――ミストケープ、サンシャインレディ、ブルーフォーチュン、ヤマトノミオがいる。
人の場合は女3人寄れば姦しいと言うが、馬の場合もこれが当てはまっているのか、現役牡馬放牧地よりも嘶きで喧しい状況。
まぁ、2歳馬を含めて現役牡馬は3頭しかいないので、相対的に牝馬の方が煩くなるのは当たり前だろう。
「どの馬ものんびり……はしていないか」
「毎日毎日、同じ様に喧嘩して良く飽きないな」
名雪と祐一が放牧地を覗くと、ミストケープとサンシャインレディが立ち上がって喧嘩をしているが、自分を大きく見せてボスの座を争っているだけ。
決着は数分で終わる事もあれば数時間近く行っている事もあるが、他の2頭は傍観に徹しているので止める事が出来ないと言えるだろう。
「実績だと間違いなくミストケープの方がボスなんだけどな」
「まぁ、馬とっては何を勝利したかは100%分からないだろうし、自身の1番じゃないとプライドが気に喰わないんじゃない?」
と、名雪は小さく肩を竦めつつ放牧地の方にもう一度視線を向き直し、状況を見ると疲れたのか既に終了していた。
そして、お互いに離れた場所に移動してから、青々しくて朝露を含んだ牧草を食み始める。
「さて、厩舎掃除の為に頑張りますか」
「だな。今日はホワイトウインドのデビュー戦だから、ちゃっちゃと終わらせてゆっくり見ようぜ」
名雪は小さく頷きつつ空色のTシャツの袖を捲くってから、現役牝馬の厩舎に向かって行った。
祐一も名雪の後ろを5歩分程離れて歩き、一緒に厩舎掃除を行う為に移動する。
白毛馬。
滅多に産まれる事が無く非常に珍しい毛色であり、世界的に見ても例が少ないのが実情。
真っ白の毛色は純白の雪の様で見る者を虜にする魔力を持ち合わせている程で、まさに“アイドルホース”の比喩が当てはまる。
そのため、ホワイトウインドが出走する新潟競馬場には多数の一般人だと思われる女性が多数来場している。
元からの競馬ファンや馬券親父は辟易とした表情を浮かべつつ、パドック周辺や馬場周辺で騒ぐ女性にうんざりしている様だ。
さて、現在のホワイトウインドの人気は圧倒的な1番人気だが、現状の様子を鑑みると単勝だけが1.1倍となっており、応援馬券として売れているだけ。
そして、他馬のオッズに旨味が増しているので、ここぞって年配の馬券親父が美味しいオッズの馬に予想を集中させている。
「うーん、本当に大丈夫かな?」
「オッズがいくらなんでも低すぎるわね」
やはりと言うべきか、調教の評価や良血の評価では無いのでミーハーなファンが単勝のみを購入したのか窺える。
実際にホワイトウインドは良血でもなく、追い切りでもタイムは平均的で1番人気はkanonファームの誰もが不安に思ってしまう。
そして、ホワイトウインドが白い馬体を疾走させて、新潟ダート1000m戦のゲートに入る。
ホワイトウインドは8枠12番からのスタートで、やや入れ込んだ状態でゲート入りを拒むが何とか無事に入る。
そして、スタートが切られる。
ホワイトウインドは大きく出遅れて最後方からのレースを強いられる事になってしまった。
既にレース結果は決まったと言える位置におり、シンガリの馬から3馬身近く離されて、先頭からは10馬身近くも。
つまりスローペースなので、後方からの差し切りは厳しくホワイトウインドにとってはレースが終わってしまったと言える。
「これじゃあ、もう勝てないね」
「そうね。いくらなんでもここから追い込んで勝利する程の脚は無いわね」
現実的に冷静な判断を下す秋子だが、芝ならともかくダートの場合でスローペース+最後方からの差し切りは不可能なのだから。
その間にレースは最終コーナーを回り、大詰めとなっていた。
ホワイトウインドは後方のまま追い詰めているが、差が付きすぎてとても挽回は不可能だった。
そして、12頭中12着となり勝利した馬は3番人気だが、オッズが7.5倍と非常に美味しい馬券となった。
ホワイトウインドが負けた瞬間――12着でゴール板に入った時には悲痛な声が観客席から洩れていた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。