目黒記念。

     1932年から開催されている伝統的なレースで、目黒競馬場――旧東京競馬場が廃止されたにしたがって名を残す為に作られた。

     目黒競馬場自体は既に跡形も無いが、当時の一部の外周コースは残されている。

     因みに目黒競馬場で行われていたレースは東京優駿大競走――日本ダービーで、栄えある第1回はここで開催されていた歴史が。

     開催数は今年で107回と同時期にから行われた今年60回目の日本ダービーを遥かに越えており、当時は2月と11月の年二回開催だったからだ。

     現在は日本ダービーの前日――土曜日に開催されていたのが、日曜日に移設しダービー当日の最終レースとなった。

     なので、ミストケープが今回、出走するレースであり東京芝2500mで行われる伝統的なレースと言える。

     伝統なハンデ戦である事も付け加えて、日本ダービーの当日に開催される様になってから、売り上げは増加していると競馬協会から発表されている。

     他の重賞よりも売り上げが大きいのは、やはりダービーの後に行われるので最終レースの楽しみが倍増したと見解が。

     そのミストケープの斤量は55.5kgと、AJCCから一気に3.5kgも増加している。

     ただトップの斤量は59kgのライスシャワーで、続いてが58kgのマチカネタンホンザとなっているので逆転の余地はあり。

     実績面では負けているが、ハンデの差を考慮すれば十分勝ち負けに持ち込めると思われる。

     現在の人気は4番人気でオッズは12.2倍とそれなりの人気を示して、AJCCの実績が評価されたようだ。

     馬場状況は前日からの好天が続いており、乾いた状況になっているがミストケープの距離適正が長距離向きなのが一因だろう。

     重馬場は得意だが別に乾いた馬場での成績が悪いわけではなく、父ムクターの印象が強いから。

 

    「上位2頭の人気が単勝2倍と3倍台なのに、ミストケープは12倍か……ちょっと厳しい?」
    「人気で走るのではないけど、菊花賞馬のライスシャワーが1番の強敵なのは確かね」

 

     今回の目黒記念には休養明けのライスシャワーがいるので、メンバー的にもレベルが高い一戦となるだろう。

     他の出走馬は、今年の中山金杯のセキテイリュウオーや去年のセントライト記念の覇者ストロングカイザーが。

 

    「これだけ人気があるんだから、見に行けば良かったのに」
    「……それも考えたけど、まだダービーの日は恐怖心が甦るからちょっと無理ね」

 

     秋子にはまだあの日のダービーが意識下からトラウマとして甦るようで、ダービー放送中は顔面蒼白にしてトイレで吐いてしまう事が。

     そのためダービーが終わった現在の顔色はやや悪いくらいで、徐々にだが本来の血色に戻ってきていた。

     あれだけの出来事――落馬があったのだから、本来なら競馬から身を引いていてもおかしく無いが、秋子は気丈にも進み続けているのは周知の事実通り。

     秋子が選択した道は撤退ではなく、祐馬に捧げるダービーの重みのある1勝なのだから。

 

    「ダービーを持ち馬で勝たない限り、そのトラウマは払拭出来そうも無いね……」

 

     残念そうに名雪は溜息を吐くが、秋子の事を考えると無理に行かせる事は不可能だった。

     因みに今年のダービーは3強の一角ウイニングチケットが騎手の執念でもぎ取っていた。

     その騎手はKanonファームで繁殖されているファントムの母父アローエクスプレスの主戦だったがダービー直後に降ろされた経緯がある。

     そして、今年のダービーの前にはこの様な格言を残している。

    「ダービーを勝てたら騎手を辞めても良い」

     と、それくらいの執念と気迫でウイニングチケットを勝利に導いた。

 

 

     その間にミストケープが出走する目黒記念が発走。

     ミストケープは4枠4番から絶好のスタートを切り、サッと3番手辺りをキープしつつ、その後ろにはライスシャワーが。

     直線からのスタートなので、スタート直後は観客の大音声が響き渡って入れ込む馬がちらほらと。

     2500mもあるクラシックディスタンスなので、焦らない様にじっくりとペースが刻まれていく。

     ミストケープはやや外に持ち出して、内枠の荒れ気味の馬場を走らない様に位置取りをしている。

     1000mの通過タイムは1:02.9とスローペースで先行に位置する馬にとって有利な展開に。

     残り1500m――向こう正面の半分近くと3コーナーと最終コーナー、525mの直線が残っているので、簡単に動き出す事は不可能。

     互いに牽制し合う様に回ってくるのが長距離戦での騎手の常套手段であり、ベテランになる程、巧みなレース展開にしてしまう。

     長距離戦は騎手で買え、と言う一般ファンの間での格言は実際の通り、ベテランの方が成績は圧倒的に偏る。

     そして、レースの展開は最終コーナー直前で急激に動き、ベテラン騎手が騎乗するマチカネタンホイザが徐々に仕掛けてきた。

     東京競馬場で最も特徴のある長い直線と2m近くの高低差がある坂が各馬を拒むように立ち塞がる。

     残り400m。

     ここから少しずつ脱落していく馬が出てくるも、出走メンバーは長距離で名を連ねた馬が多数なので完全に脱落するのはいない。

     残り300m。

     坂の半分付近を越え、後は平坦となっている直線のみでここでライスシャワーが先頭に立つ。

     ミストケープはやや遅れたが、外から強襲して来たマチカネタンホイザに馬体を合わせて先頭を走るライスシャワーを共に追いかける。

     残り100m。

     ここに来て休養明けが祟ったのかライスシャワーは少しずつ脱落し、2頭の争いに。

     ゴールは既に目と鼻の先にあり、一歩間一歩間と近付いて来て最後に差し切ったのは4と書かれたゼッケンを身に着けたミストケープだった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:マチカネタンホイザ……血統構造はファントムと同じ様にノーザンテースト×アローエクスプレス。