5月になり、ようやく春の息吹が感じられる雰囲気がKanonファームを包み込んでいる。

     その放牧地には福島牝馬Sの後に産まれた産駒が2頭、母馬に擦り寄って佇んでいた。

     産まれた産駒は全て牡馬でKanonファームでは珍しい出来事だったが、牝馬の方が産まれる割合が高いよりはマシだろう。

     そして、血統は以下の通り。

     ルリイロノホウセキ×クリスタルグリッターズ、栗毛。

     フラワーロック×ルション、黒鹿毛。

     完全なアウトブリード配合で、丈夫さと長持ちを信条とするKanonファームらしくこの2頭の血統は現在の日本で傍系血統と言える。

     現在はノーザンダンサー系が主流血統なので、下手すると今後は繁殖牝馬の大半がノーザンダンサー系を占める事になるだろう。

     さて、そんな中で今年もKanonファームの繁殖牝馬に種付けが行われた。

 

 

     その中には最近引退したばかりのサイレントアサシンも繁殖牝馬として、新たな道を歩む事になった。

     ファントム×メジロデュレン。

     父メジロデュレンはフィディオンの血統を持ち、母父にはシカンブル――仏ダービーの勝ち馬で9戦8勝の名馬。

     フラワーロック×リヴリア。

     今年の皐月賞馬のナリタタイシンを輩出したリヴリアを種付け相手として選択したのはナリタタイシンの切れ味が凄まじいのを見てしまったから。

     リヴリアの父はリヴァーマン、母はキングジョージ&クイーンエリザベスや愛オークスを制している世界的な名牝ダリア。

     エレメントアロー×サッカーボーイ。

     父と母もマイル前後で活躍したのが配合に選ばれた理由で、エレメントアローの瞬発力を補う為にサッカーボーイが選択された。

     ルリイロノホウセキ×ウインドバレー。

     Kanonファームでは珍しくノーザンダンサーのインブリードを持つ同士の配合で4×4とそれ程濃くないのが特徴。

     本来なら奇跡の血量である3×4の方が良いが、無理して狙う必要は無い。

     サイレントアサシン×ドクターデヴィアス。

     こちらもルリイロノホウセキと同じ様にノーザンダンサーの4×4があるけれど、父はアホヌーラと非常に主流血統から外れている。

     これでKanonファームに繁殖されている牝馬の配合は決定され、ひとまず安心と言える。

 

    「ついにうちの牧場でもインブリードを狙ったか」
    「ええ、そろそろアウトブリードでは厳しいと感じてきましたし、4×4ならそれほど危険性はないですから」

 

     秋名は秋子が手書きで書いたノートを見開きつつ、トントンと軽くノートの隅を叩いている。

     濃すぎると危険性は高いが4×4ならば血量は12.5%となるので、薄い方に分類される。

     因みに血量の求め方は父と母を50%とし代を遡る毎に1/2で減少し、インブリードの場合のみ総和を求めれば良い。

 

    「今はノーザンダンサー系が氾濫していますし、狙わなくてもクロスする可能性が高いですからね」

 

     秋子はお手製のホットコーヒーを入れたコーヒーカップを優雅に手に取って、ゆっくりと口に付ける。

     今回の種付け料は凡そ600万前後で納まる金額だが、中小牧場であるKanonファームとしては少々無理をしている。

     メジロデュレンとウインドバレーの種付け料は合わせて160万程で、長距離馬とダート馬の需要は低いので価格は安めに押さえられているのが特徴。

     ただ、それは国内の馬だけに限っており海外馬ではもうちょっと高額で、人気も倍違う。

     特に来年産駒がデビューするサンデーサイレンスは高額な種付け料にも関わらず170頭近くが種付けを行われている。

     それに対して、ウインドバレーはサンデーサイレンスよりも一流馬の血統を持ちながら、現在の種付け数は50頭付近。

 

    「まったく……この差は何とかならないかな? それと手元に置いておけたら良かったのに」

 

     ウインドバレーはKanonファームに繁殖されている訳ではなく、大手牧場に売却しており、逐一報告が入ってくる様にしている。

     売却した理由は単純に種牡馬繁殖施設がKanonファームに無いからで、施設を所持していたら間違い無く手元に置いていただろう。

 

    「うちに置いていたら、もっと種付け数は激減していたと思うわよ?」

 

     名雪の愚痴に口を挟み納得させる秋子だが、秋子自身も手元に置いておきたいのが本心だろう。

     大手牧場なら宣伝の方法も知り尽くしているし、何よりも施設が大規模なのでKanonファームに置いておくよりも安心できる。

 

    「いつか、うちも大手になって調教施設とかを設置したいな」
    「……何年掛かるか分からないけど、それも良いわね」

 

     その目的は果てしなく高く遠いが、いつまでも中小牧場の枠に収まっているのは2人のプライドが許さないようだ。

     そのため、リビングには妙な気合が篭った状況になってしまった。

 

 

     戻る      

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。