駆ける馬　２１２話

　　　　　フェブラリーＳ。

　　　　　数少ない中央ダートＧⅠ戦の内の１つであり、名の通り２月に開催される。

　　　　　数年前まではフェブラリーＳでは無く、フェブラリーＨ――ハンデキャップの名称で重賞のグレートはＧⅢとＧⅡだった。

　　　　　それが１９８４年の競馬改革によってＧⅠに昇格し、今年の開催で区切りとなる第１０回目。

　　　　　大分、競馬ファンの間に浸透して来たのか出走メンバーも名がある名馬が揃っており、今年のメンバーは特に強豪が集まった。

　　　　　トミシノポルンガ――ジャパンダートダービー、ダービーグランプリ、ＪＢＣ。

　　　　　ミスタートウジン――ジャパンカップダート、フェブラリーＳ。

　　　　　スイフトセダイ――ジャパンカップダート、フェブラリーＳ、ダービーグランプリ。

　　　　　トウケイニセイ――ＭＣＳ南部杯、帝王賞、東京大賞典、ＪＢＣ。

　　　　　グレートホープ――ＭＣＳ南部杯、ダービーグランプリ、川崎記念、ＪＣＤ。

　　　　　そして、ウインドバレーは東京大賞典１着、ジャパンダートダービーとダービーグランプリがトミシノポルンガの２着。

　　　　　上記５頭によるＧⅠ合計勝利数は１７勝と非常に高レベルのメンバーが一堂し、フェブラリーＳの優勝を狙っている。

　　　　　さて、これだけの名馬が揃ったフェブラリーＳは後数分もすればレースが開始される為のファンファーレが響くだろう。

　　　　　現在の天気は先程よりも曇ってきたが雨が降る様子は見られなく、乾いた馬場で決着が付く事になる。

　　　　　乾いた馬場ではタイムは遅くなるが、紛れの少ない結果――実力通り結果が見られ接戦が多くなる事が特徴。

　　　　　湿った馬場だと思いがけない第３の馬が勝利してしまう可能性が高く、この天候は恵まれたと言えるだろう。

　　　　「後、少しか……期待したいけど、体調がな」

　　　　　祐一はその一言を囁くように呟いたので、周辺に居た人物――他所の馬主達にはまったく聞こえなかったようだ。

　　　　　ソファーに座る事無く、祐一にとってはこの場所からレースを観察する事が一番大事で今後のインスピレーションを働かせる事になるのだから。

　　　　　観る事も見る事も騎手にとっては大事な事柄で、如何に腕が良い騎手でもレースを観る事を忘れたら勘が働かなくなってしまう。

　　　　　だから、祐一は過去から現在まで行われたレースを観ている。

　　　　　騎手になれ、と秋名から言われたその日から現在まで、この行動は継続させ役に立たなくても既に日常として刻まれているのだから、止める事は不可能。

　　　　　観客席のざわめきが更に強くなり、身なりを整えた人物がスターターの上に立ち、赤旗を振り東京競馬場のファンファーレが鳴り響く。

　　　　　それに合わせて、観客が丸めた競馬新聞を手拍子として叩き、一層の盛り上がりを見せる。

　　　　「んと、スタートの時間か」
　　　　「どうなると思いますか？」

　　　　　ん、と名雪の質問に秋名は軽く肩を竦めつつ、知らんとたった一言だけ告げて１番観やすいガラス張りの前まで向かう。

　　　　　ウインドバレーは５枠６番と、馬場の中央部分からのスタートで良い場所からなので、出遅れだけは勘弁願いたいだろう。

　　　　　最後に８枠１８番の馬がゲート入りをし、スタートを切られる。

　　　　「全頭綺麗なスタートを切り、先手を奪ったのはウインドバレーです」

　　　　　騎手は手綱を扱いている様子も無く、他馬に押し出されるように先頭に立ったので、スッと他馬に先頭を譲り渡す。

　　　　　そして、スルスルと順位を下げて５番手辺りに位置を付けて、トウケイニセイをマークするような位置取り。

　　　　「前回は逃げだったし、本来の位置取りだな」

　　　　　内柵から４頭分程の場所をキープしつつ、ウインドバレーの走りは調子が良さそうで体調不良の噂を吹き飛ばす動きを披露。

　　　　　ただ、スタート直後の芝コースではやや行きっぷりが悪かったのだが、現在は問題無く走っている。

　　　　「ウインドバレーは５番手、トウケイニセイは６番手、その後ろにトミシノポルンガ、グレートホープが続いています」

　　　　「ミスタートウジンは後方２番手からレースを進めて、古豪の怖さを見せ付けるか？」

　　　　　８００ｍを通過した時のタイムは５０秒と非常に遅く、このペースではゴール時のタイムが１：４０秒台の決着になってしまう。

　　　　「残り６００ｍ、１頭１頭が後方から追い上げて来ます」

　　　　　ウインドバレーは少し位置を上げて４番手に浮上し、外から囲まれない様に騎手がサッと馬体を外に向けさせる。

　　　　「さあ、長い直線に各馬入り、９３年度初のＧⅠ制覇を得るのはどの馬か？！」

　　　　　上位人気の５頭はお互いにマークし合っている状況だったが、最初に仕掛けたのはミスタートウジン。

　　　　　一気に９番手に上がり、射程圏を捉える。

　　　　　残り４００ｍ。

　　　　　グレートホープとトウケイニセイがビッチリと馬体を合わせて叩き合い、図太く伸びてくる。

　　　　　トミシノポルンガはその２頭よりも外に持ち出して、徐々に加速するべく手綱を扱かれている。

　　　　　そして、ウインドバレーは馬場の中央部分を選び外からと内からの追撃を　　　　　対応しやすい状況で、現在３番手。

　　　　　残り２００ｍ。

　　　　　ここで先頭に立ったのはトミシノポルンガで、更に内からミスタートウジンがスルスルと抜け出してきた。

　　　　「先頭はトミシノポルンガだが、後ろからも怖い４頭が追い詰めている！！」

　　　　　グレートホープとトウケイニセイとの競り合いはトウケイニセイが競り勝ち、ウインドバレーの真横に馬体を合わせて来た。

　　　　　そこから、ウインドバレーも騎手の鞭に反応して、トミシノポルンガとミスタートウジンとの差を徐々に詰めていく。

　　　　　残り１００ｍ。

　　　　　ミスタートウジンを捉え、残りは先頭を走るトミシノポルンガのみで差は１/２馬身程に縮まっている。

　　　　　そして、ここから競馬の醍醐味の１つである接戦による叩き合いが繰り出される。

　　　　「残り５０ｍ、一気にウインドバレーとトウケイニセイが伸びて来た！！残り１０ｍ！！３頭の三つ巴を制したのはウインドバレーか！？」

　　　　　グイッと首の上げ下ろしの差で接戦を制したのは体調不安説が囁かれていたウインドバレーだった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：トウケイニセイ……実際には、この時点では重賞勝ちも無いが２０戦１９勝と圧倒的な成績。