京都牝馬S。

     過去には京都牝馬特別と近年になって改名――ステークスとなり、より重賞らしいレース名に変更された。

     勝ち馬の中には桜花賞馬のインターグロリア、華麗なる一族のハギノトップレディとダイイチルビー。

     距離が桜花賞と同じく1600mで開催される事も加わって、古馬になった牝馬が1番最初に狙いやすいと言える。

     ただ別定戦なので斤量に差が出てくる事が多いのだが、大幅な差は出てくる事は少なく精々2kg〜4kg程。

     そして、サイレントアサシンの斤量は54kgと平均的な斤量よりも1kg軽い。

     これが有利になると言えば、首を傾げたくなる重さで一番人気が確実のヌエボトウショウとの差は4kg。

     これだけの開きがあれば勝てる可能性は高いが、相手は重賞4勝馬でそのうち3つが牡馬相手に勝利している実績馬なのだから。

     他の陣営からすれば58kgでも軽い方で後1kgの差があれば、グッと勝率が変わると競馬記者に伝えていた。

     ヌエボトウショウが59kgになれば他馬も相手になるのだが、この斤量では凌がれてしまう可能性を含んでいた。

     1kg増える毎に1馬身差が縮まると言うが、どこまで太刀打ち出来るかが不明。

     なので、上手く逃げないと勝算は限りなく低いと言い切っても良いだろう。

 

    「うーん、本当に印が無いね」
    「まぁ、これでいつもの様に激走する可能性が高まったな」

 

     名雪が読んでいる競馬新聞には京都牝馬Sの各記者が打った印が付いており、その中でサイレントアサシンは“注”が2つ。

     余程、サイレントアサシンの実績――低人気の程、爆走する事を知っている記者が付けたのだろう。

     実際に今まで勝利した時の人気は15、15、10、9、10番人気と大駆けしている時ばかり。

     その事は競馬新聞の番外コラムにひっそりと書かれており、隅々まで読んでいないと気付かないレベルである。

     コアな競馬ファンも、この事は認知している様で人気が無いのに単勝だけはそれなりに売れているようで、オッズは50倍近く。

     但し、馬連などの方はさっぱりと売れていない状況となっているが。現在の人気は12頭中10番人気。

     競馬新聞によると、直前調教と体調は共にBとなっていて前走から変わり無しなので短評の上に平行線を示す右向きの矢印が。

     調子も今一つ向上していないので、このオッズも納得だが勝利に関してはまだ見捨てていない。

 

    「パドックは……ちょっと微妙だったな」

 

     秋名はパドックの事を思い出し、言いよどみながら苦笑いを洩らしてしまう。

     気合を入れて闊歩していた訳ではなく、首と尻尾を左右に振ったりして落ち着きが無い状況で、初の重賞戦で厩務員の緊張が伝わったのかもしれない。

 

    「まぁ……過ぎた事だから仕方ないね」
    「走ってくれれば良いだけだしな」

 

     と、無責任な事をのたまう祐一だが走るのはサイレントアサシンなので、入れ込んだままで惨敗する可能性も配慮しなくてならない。

     既にレース開始前の時間になっており、後1分もすればゲート入りを行われるだろう。

 

 

     そして、パタパタとスリッパ音を響かせながら、秋子が自室からリビングに向かって来るのが確認出来た。

 

    「丁度良いタイミングだな」

 

     秋名の言う通り丁度、サイレントアサシンがゲート入りをする所で秋子はTVを見ながらオッズと人気を質問する。

     名雪は簡潔に10番人気で50倍とだけ伝えると秋子は小さく頷き、ゲートが開く瞬間を待つ。

     そして、スタートが開く。

 

    「……げっ」
    「あちゃー……」
    「おいおい……」
    「……やってしまいましたか」

 

     全員が揃ってげんなりとした表情で不満を口に出し、大きく出遅れたサイレントアサシンの様子がTVに映し出されている。

     既に3馬身程の差が付いており、この様子では挽回は不可能で逃げ馬であるサイレントアサシンが出遅れたら、勝つ見込みは0%。

     葬式の様に重い雰囲気がリビングを包み、一応はTVを付けたままにしているが真剣には見ていない。

 

    「これじゃあ、勝てないね」
    「突然の追い込みで勝利出来るほど競馬は甘くないし、ウインドバレーは2歳時だったから試す意味があったのよね」

 

     秋子はウインドバレーの例を出すが、実力がある馬なら臨機応変の対応は淡々とこなす事が多いのだが、サイレントアサシンでは当てはまらない。

     そして、結果は12頭中12着で出遅れた差を取り戻せずに、そのままゴールインをした。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ヌエボトウショウ……トウショウゴッドを父に持つ重賞4勝馬。