エアスパイラルは3着に敗れた次の週で行われた未勝利戦に連闘で出走し、見事に勝利を飾り早くも1勝を挙げた。
勝ちっぷりは非常に強く2着馬との差が4馬身と楽勝であった為、ゴール前では既に手綱が緩められていた。
これだけ強い勝ち方をすれば、評価は上がりクラシック候補が又1頭誕生など言われるが、マイル適正が強いと思われている可能性が高い。
なので、次走は距離を200m延長して格上挑戦できさらぎ賞に出走予定としている。
ただ除外される可能性も高いので、500万下に出走する予定も組み込まれており、来月の結果が楽しみとも言えるだろう。
同じく3歳牝馬のブルーフォーチュンは前走の赤松賞5着から2月の初めに開催される萌黄賞を目標に調整中。
未勝利1600mで逃げ切り勝ちを収めた後の2戦は伸び悩んでいるので、あえて1200mに距離短縮を。
3歳馬のラストはヤマトノミオ。
既に2勝しているが短距離ダートを低人気で勝利しているので、マイルの距離ですら危ないと思われる。
なので、次走は京都で行われるダート1400mのバイオレットSに出走予定。
「今年“も”クラシックに乗りそうな馬はいないですね」
秋子は“も”を如何にもって感じで強調して言うが、自分自身を納得させる様に叱責していると言った方が良い。
軽く肩を竦めつつ、秋名は仕方ないだろうと言いたげに秋子の顔を見据えているが、秋名自身もクラシックに乗れない事がもどかしく感じている様だ。
「何が悪いんだか、分かるようにならないとクラシック制覇は無理かもな」
「……それを言わないでください。何としてでも欲しいタイトルなんですから」
特にダービーだけは、と秋子は最優先すべきのタイトル――日本ダービーは夫の祐馬が亡くなったレースなのだから入れ込むのは最もだろう。
秋子は自嘲気味に笑うが、秋名はそれを止めようとせずに悲痛の表情でジッと妹の顔を眺める事しか出来なかった。
重くなった空気がリビング中に四散する事を嫌ったのか、秋名は瞬時に話題を切り替えてしまう。
「エアスパイラルの2戦目に騎乗した外人騎手は次も乗ってくれるのか?」
「んー、現状は不明ですね。きさらぎ賞までにお手馬を得る可能性もありますし」
それにしても、と秋子は騎乗してくれた外人騎手の事を思い出したのか人差し指で頬を軽く掻いてテレを隠す。
「キザでナンパ師、そしてイギリス紳士だったな」
ウイナーズサークルで出会った時にいきなり秋子に向って歯が浮く様な甘い台詞でナンパしてきた挙句に、秋子の手の甲に軽くキスを。
秋子は年甲斐も無く照れてしまったが、不愉快な感じはまったくしなかった様で、いつもの表情で微笑んでいた。
とは言え、秋子の外見は今年の12月には15歳になる娘が居るとは思えない程の瑞々しい肌。
20代前半と言っても通用するのは確実で、見知らぬ人物からだと名雪とは姉妹だと見られている可能性も高いくらいなのだから。
秋子の事を初見だったエアスパイラルの騎手――エドガーからすれば、秋子の実年齢を知らないので、外見の印象がよほど残ってしまったのだろう。
「エドガーだったな……凄い印象が残ってしまった」
「……わたしもです。まさかナンパされるとは思っていませんでしたから」
当の本人は自分の若々しい事が武器になっているとは露知らずに、小首を傾げナンパされた事を疑問に思っているようで、秋名は軽く肩を竦めてしまう。
秋名自体は自身の若々しさが分かっているようで、自分と同世代の女性よりも若く見られることが武器だと気付いている。
ただ、自慢する事は無いので他人からひんしゅくを買う様な事は1度もしていない。
そして、お互いに顔を見合わせてから苦笑いを洩らし、その間に秋子の周辺を取り巻いていた自嘲気味の空気はとっくに消え去っていた。
そして、今週のレースにはミストケープが出走する。
前走は1000万下特別の天竜川特別――中京芝2500mを勝利しており、徐々にステイヤーらしく長距離に対応している。
今回出走するレースはAJCC――アメリカジョッキークラブカップと1月に行われるGⅡのうちの1つ。
格上挑戦だが前走1000万下を勝ったばかりなので別定戦である、このレースでは大きな有利点と言えるだろう。
背負うハンデは他馬が57kg前後に対してミストケープは52kgと、凡そ5kgの差は実力の差異を埋めてしまう。
「AJCCに出るとは思わなかったな」
「迎春ステークスで除外されて、こっちに回るとは思いませんでしたけど体調が良いみたいですし期待は出来ますよ」
そうか、と秋名は軽く頷いてからTV画面に視線を移す。
既にAJCCのパドックが放送されており、ミストケープがパドックを闊歩している。
現時点の人気は10頭中7番人気と下から数えた方が早いと言わざるを得ない。
因みに1番人気は“最強の3勝馬”の不名誉なレッテルを貼られているホワイトストーンだった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。