チラチラと小振りな雪がカクテルライトに当てられ、幻想的に空から幾つも舞っている。

     まるで、これから始まるレース――東京大賞典を色艶やかに染め上げる為に趣向として空からの贈り物の様に降り続けた。

 

    「雪か……幻想的なのは良いけど、レース中に降らなくて良かった」
    「この降り具合なら、レースでの影響は無さそうね」

 

     名雪はポツリと1人ごちて、馬主席の一面張りの窓ガラスに張り付いて、雪が降る夜空を見上げている。

     秋子だけはジッとターフビジョンに映っている待機所での各馬の様子を眺めて、レース開始を待ちわびている感じ。

 

 

     そして、数分後。

     ゆらゆら、と粉雪が降り続ける中で東京大賞典のスタートが切られる為に各馬が順調にゲート入りをしていく。

     ウインドバレーは悠然と、誘導員に引かれゲートインを完了させ、直立不動のままスタートから先にあるゴールを眺めているようだ。

     そして、最後に8枠18番の馬がゲート入りを果たしてから数秒後。

     独特のゲート音が響いてから、全頭が1頭も出遅れる事が無く綺麗にスタートを切る。

     観客の絶叫が馬主席まで響いてくるが、それを気にせずに馬主達は自分の馬の様子を窺う。

     秋子と名雪はウインドバレーの位置を確認する為に、ジッと視線で追って白と紫が縦縞で黒の腕輪が描かれている勝負服を探す。

     そして、勝負服とゼッケンでウインドバレーの位置を発見したのは名雪だった。

     スッ、と白魚の様にほっそりとした指先をある部分を示させて、秋子にその位置を教える。

     名雪が指を差している場所は前方――即ち、逃げの作戦で井守騎手はウインドバレーを導いていた。

     5頭の人気上位馬は中団と先行に固まっており、下手すると睨み合って膠着する可能性が高い。

 

    「……もしかしてチャンスかしら?」

 

     秋子は薄いピンクのルージュを塗っている唇を人差し指でなぞる様に、軽く指先を当てている。

     その顔はしてやったりと言いたげにニンマリと微笑んで、この展開で進んでくれれば漁夫の利を得られると画策している様な表情。

     そう、後ろの方でお互いにマークし合ってくれれば、現在は単騎逃げでリズム良く走っているウインドバレーにも勝算が出てくる。

     殆どの馬と騎手はウインドバレーに注目するよりも、控えている5頭の動向が気になっているのか競り掛けてくる馬はいない。

 

    「第一コーナーを回った所で先頭はウインドバレー、2番手以降との差は約3馬身と言った所です」

 

     と、アナウンサーが淡々と現在の各馬位置を読み上げており、最後に先頭から後方までの差がおよそ10馬身と。

     相変わらず先頭はウインドバレーが悠々と2番手以降の馬群を引っ張って、ペースを刻んでいく。

 

    「1000mの通過タイムは1:03.8とスローペースです。後方の馬はこのまま逃がしてしまうのか?!」

 

     それくらい、ペースは遅い状態なので単騎逃げのウインドバレーは後ろせめぎ合っている馬群よりもスタミナが残っているだろう。

     上位人気の5頭はウインドバレーが眼中にないのか、相変わらずお互いをマークし合って差を詰めようとしない。

     ダート戦で逃げ切るのは非常に厳しいのもあるのだが、このまま追い掛けて来ないなら、悠々と独断場で逃げ切れる可能性が高い。

 

    「このまま、後ろでマークし合ってくれれば勝てる可能性が出てくるわね」
    「簡単に逃げ切り勝ちが出来るとは思えないけど……怖い怖い相手が後ろに控えているし」

 

     秋子は軽く腕を組んで余裕のある表情でレースを見守っているが、語調に強さが無く、良く見ると震いを隠す様にギュッと自身の腕を強く握っている。

     名雪は秋子が震えている事に気付いたのか、軽く秋子の肩を叩いて不安を和らげている時に1頭の馬が上がって来た。

 

    「ここでウインドバレーを捉える為に上がって来たのはドラールオウカン。前走勝利の勢いに乗って、徐々にウインドバレーに近付いていきます」

 

     ウインドバレーと2番手以降の差は5馬身程あったのだが、ドラールオウカンが徐々に進出してきた事で差が少しずつ無くなってきている。

     残りは600mを切り、直線が目の前に迫っている距離――400mで決着が付く。

     ドラールオウカンを除く4頭は、ようやく上がってきたのだがお互いにマークしていた所為で力強さを感じられない状況。

     完全に脱落したとは言えないが、これでグッとウインドバレーの勝算が上昇したと言える。

 

    「さぁ、直線です!! 砂のグランプリ――東京大賞典を制覇するのはどの馬か?!」

 

     直線に入った途端、観客の絶叫がスタート時よりも高く響き、交わせなどそのままなど思いの言葉を口にして競馬場を包んでいく。

     ここでドラールオウカンがウインドバレーと競り合う状況になり、馬体を寄せ合わせて力強く追われる。

 

    「グレートホープは7番手、スイフトセイダイが5番手。そしてトミシノポルンガは6番手だが、ここから追い付くのか?!」

 

     上位3頭は後方でもがいており、脱落が必然となったので観客から絶叫が。

     ミスタートウジンは何とか3番手に上昇して、このまま掲示板には乗るだろう。

     だが、既に優勝争いは2頭――ウインドバレーとドラールオウカンのみに絞られている。

     残り100m。

     一歩間にウインドバレーが首を深く下げて、ドラールオウカンを競り落とす為に迫力がある走りで少しずつ差を又にしても徐々に広げる。

     50m。

     ドラールオウカンも簡単に食い下がらず、大井競馬場所属の意地を見せ付けて再度、脚を伸ばす。

     10m。

     だが、半分以上の距離をマイペースで走っていたウインドバレーの気力を最後に思いっきり搾り出すように、井守騎手が鞭を入れるとグイッと伸びる。

 

    「勝ったのはウインドバレー!! 3度目の正直でG�気鮴�覇しました!!」

 

     その言葉に秋子に安堵感が広がったのが一目でも分かるほど、呆然としたまま一筋の涙を流していた。

     そして、夜空からはウインドバレーを祝福するように、いつまでも雪を幻想的に降り続けている。

 

 

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     特になし。