競馬には休日は無い。

     中央ではレース自体は土曜日と日曜日がやっているが、東西トレーニングセンターは月曜日だけが全休である。

     とは言え、厩務員は担当馬に飼い葉を与えたり、様子を見に来なくてはならない。

     有馬記念が終わっても大晦日まで調教は行われて、元旦のみ全休で2日からまた調教の日々が始まる。

     勿論、何処の牧場でも休日は無く、トレセンと同じ事を毎日繰り返している。

     馬が第一の生活なのだから、競馬関係に関わった時点で誰もがその点に付いては諦めているだろう。

     ここ、Kanonファームでも休日は無いので、祐一は暇そうに牧場の事を手伝っていた。

     通っている乗馬クラブには屋内馬場は無いので、冬季休業中になっているのが祐一の悩み種だった。

     他の場所に行こう、と秋名に訴えたが駄目だと一喝されて取り付く島もなくこの事は無かった事に。

     Kanonファームにはポニーは居ないので、祐一のフラストレーションは溜まるばかり。

     サラブレッドが居るぶん、表には出る事は無かったがいつ破裂するか分からないパンパンの風船状態。

     秋名から言わせたら、騎乗停止中の騎手みたいだ、と笑っている。

 

    「乗りたい……乗りたいぞ」

 

     今日も同じ事を呟きながら、祐一はボロ拾いを手伝っている。

     雪が積もっており、ボロの色は茶色なので分かりやすく、ポツポツと点在している。

     祐一はひょいひょいと拾いながら、溜息を吐いている。

     やはり、馬は眺めているだけではなく乗らないと楽しくは無い。

     祐一は既に乗馬の虜になっており、乗れない事がここまでつまらないと思わなかったようだ。

 

 

     その頃、秋子は日高地区の組合に参加しており、話の主な内容は今年から種付けされる種牡馬の種付け料などの詳細。

     秋子はプリントを見て、溜息を吐くしかなかった。

     リーズナブルに付けられるのが少なく、大半が200万ほど掛かる種牡馬を占めていた。

     それでも、種付け料としては安い方だが。

     受胎後に種付け料を払える種牡馬もいるが、血統が良いがレース実績が悪いなどのタイプが多い。

     産駒が生まれた後に払える方が良いが、去年の種付けは先払いで結構無理をしてしまった。

     フリーリターン制度がある種牡馬を付けようかしら、とぼやく秋子。

     フリーリターン制度とは繁殖牝馬が流産、死産した場合や産駒が生後7日以内に死亡した時に来年、同一の条件で付けられる。

     シンジケートで一株買う手もあるが、株を売らない限りの永久種付け権は高いし、余剰株は1回付けておしまい。

     こうなると、今年は特にめぼしい新種牡馬はいないと言う事になるが、新種牡馬は当り外れが大きいギャンブル。

 

    「また、同じ種牡馬付けようかしら?」

 

     会議が終わり、他所の生産者と談話をする為に移動をする秋子。

     まだ生まれていないが、生産者は先読みをしなくてはならないと、昔父が言っていた事を思い出す秋子。

     他所の牧場代表から情報を仕入れるが、今年のクラシックに乗りそうな馬など情報がメイン。

     クラシック馬が自分の繁殖牝馬に種付けした種牡馬の子だったら、評価はうなぎ登りするからだ。

     だが、残念ながらその事はなかった。

 

    「ミホシンザンとシリウスシンボリですか……」

 

     この事を話した白髪交じりの初老の男性は、噂ですが、と付け加えて秋子に教える。

     一頭強い馬が出れば評価はころころと変わる時期なので、漠然としか評価は出来ない。

 

    「情報ありがとうございます」
    「いや、これくらいなら別にお礼言われる事じゃないですよ」

 

     ペコリ、と深くお辞儀をする秋子。

     こういう事がキッチリと出来ないと、競馬関係は噂が広まるのが早いので馬が売れなくなるとかもあるのでキチンとしておく。

     その後もちょくちょく、と他の談話に参加して1時間ほど経ってから帰宅する。

 

 

     帰宅すると、放牧されている牝馬達は厩舎に戻っており、名雪の手際良さは日にメキメキと頭角を現す。

     逆に祐一は地味な作業は苦手なのか、飽きっぽいのかは不明だが、時々投げ出して逃げている。

     が、今日は珍しく黙々と文句を言わずにやり遂げている姿が確認出来る。

 

    「お疲れ様、祐一君」

    「あっ、お帰りなさい秋子さん」

 

     祐一は秋子の声を聞いてから、ようやく傍に居た事を気付く。

     祐一の服装は雪によって所々が濡れており、雪を払っていないのか全身真っ白に近い。

     秋子はしゃがみ込んで、パッパと降り積もった雪を払ってあげる。

 

    「秋子さん、ありがとう」
    「はい、どういたしまして」

 

     秋子はボロ拾いが終わっている事が確認すると、何も言わずに祐一の頭を撫でる。

     祐一は恥ずかしそうにそっぽ向いており、秋子はクスッと笑ってしまう。

 

    「温かい飲み物淹れてあげるから、戻ろっか?」
    「うん」

 

     と、祐一は返事をした途端に先に走って家に向かって行き、秋子はゆっくりと歩きながら向かって行った。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ミホシンザン……名の通りシンザンの仔であり、2冠達成している。
     注2:シリウスシンボリ……モガミ産駒であり、シンボリ牧場が二年連続 ダービー勝てた馬でもある。
     注3:シンジケート……種牡馬の種付け権利を分割して所持する事だが、 一株が高額なのがネック。