今年の競馬は全て終わった。

     有馬記念では、シンボリルドルフとカツラギエースのマッチレースに近い構造が行われた。

     ジャパンカップと同じようにカツラギエースは逃げるが、今回のルドルフは前走の愚を犯さないように2番手から追いかける。

     そして、直線ではあっさりと競り勝ち、カツラギエースには2馬身の差を付けた。

     前年の3冠馬――ミスターシービーはカツラギエースを交わせずに3着と破れている。

     なので、シンボリルドルフの評価はうなぎ上りで、逆にミスターシービーはもう勝てないなど囁かれた。

     それほど実力の差があると言われたが、ミスターシービーファンは中距離なら、と思っているらしい。

     そして、年度代表馬表彰では圧倒的な票数でシンボリルドルフが輝いた。

     無敗の3冠+有馬記念で1敗という成績なら、当たり前の結果である。

     前年の年度代表馬ミスターシービーは最優秀4歳牡馬の座まで、カツラギエースに奪われる始末。

     結局、最優秀内国産馬の表彰は天皇賞・秋を勝てていたからだと言われる。

     因みにカツラギエースは有馬記念の後に引退をしており、春には種牡馬として第二の生活が始まるのである。

     まだ成長すると思われているのだが、JC優勝馬として種牡馬の方も期待されているので、オーナーは引退を選んだ。

 

    「秋子、カツラギエースは来年付けるのか?」

 

     うーん、と秋子は顎に手を添えながら先を見据えて考える。

     頭の中ではカツラギエースの血統を考えつつ、所有している繁殖牝馬との相性を考える。

     そして、結論。

 

    「重くなりそうだから、付けないと思います」

 

     そっか、と何故か残念そうに呟く秋名。

     重くなるとは長距離タイプ――ステイヤーが生まれやすいという事なので、時代に反する血統なのが秋子の考え。

     なので、2頭の繁殖牝馬にはそれぞれ、トウショウボーイとスティールハートの仔が受胎している。

 

    「姉さんは付けてみたいんですか?」

 

     秋名は話を振られたので、ん、と曖昧な呟きを洩らす。

     そして、ゆっくりと口を開きある事を告白する。

 

    「私は、どっちかと言うと長距離馬の方が好きなのだが」

 

     なるほど、と秋子は呟き、カツラギエースが気になるのも納得する。

     何故か、秋子は笑いそうになるのを堪えており、秋名は首を傾げている。

 

    「わたしと逆ですね。わたしは短距離馬が好きなんですよ」

 

     2人はこういう簡単な事は言わないでお互いに分かって居た、と思っていたが口に出されてようやく分かったようだ。

     別に仲が悪かった訳ではないが、競馬関係の事は分かっているつもりだったが2人とも自分と同じだと思っていた。

     こんな事で好きな馬の種類が判明するので、毛色まで話し込んでしまう。

 

 

     話が終わる頃には、かなりの時間が過ぎていたので、秋名は時計を見上げてげっ、と呟いて慌てて家を出て行く。

     あらあら、と秋子は微笑みながら秋名を玄関まで見送る。

     バタン、と勢い良く閉められるドア。

     秋子はさて、と確認するように独り言を呟いてから、厩舎に向かう。

     外は雪が未だにさんさんと降り続けており、地面は12月初めに埋まってしまった。

     放牧地から、厩舎までの道には馬の蹄鉄跡と名雪の足跡が薄っすらと見えているが、もう直ぐ雪に覆われて消えてしまう。

     名雪が厩舎に馬を戻している筈なので、厩舎に向かおうとする一頭だけがまだ、放牧地でうろうろしている。

     放牧地だけはあまり雪に覆われていなく、所々に牧草が見え隠れしている。

     そんなに放牧地には積もっていないのは、既に除雪を済ませているからであり、毎日除雪しないと馬の事故に繋がる。

     秋子は柵を開けて、今は手綱を持っていないので牝馬の頭絡を掴んで厩舎に連れて行く。

     牝馬は一瞬だけ、首を振って暴れるが厩舎に戻れる事が分かると、落ち着いて歩き始めた。

     厩舎にたどり着くと、門と言った方が正しいサイズのドアから名雪が飛び出してくる。

 


    「あっ、お母さんー」

 

     名雪は自分が牝馬を連れてこようと思っていたのか、批難的な声を上げる。

     ごめんなさいね、と秋子は謝るが、でも、と付け加える。

     秋子はさすがに手綱を所持していないままでは危険なので、先に牝馬を戻しておく。

     名雪もトコトコと着いてきており、けして馬の後ろに立ってはいけないと教えられているので秋子の横を歩く。

 

    「時間が掛かったら馬が風邪ひいちゃうでしょ?」

    「うん、じゃあ今度はもっと早く出来るようにしないと」

 

     ふぁいとだよ、と胸元で握り拳を作って気合を入れる名雪。

     そして、馬を戻す。

     秋子は微笑みながら、頭を優しく撫でており、うっとりとした表情で名雪は目を細めていた。

 

    「そうね、名雪はもう6歳よね。頑張らないとね」

 

     名雪は12月23日に6歳になったのだが、その日のレースが有馬記念なのはつくづくシンボリルドルフと縁があるのだろう。

     うん、頑張るよー、と元気な声が厩舎に響いた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:有馬記念……暮れの中山で行われるGⅠであり、ファン投票で出走馬を決める。
        第1回だけは中山グランプリだったが、当時の亡くなった理事から取って有馬記念となった。