駆ける馬　２部　９１話

　　　　　秋華賞はサンユベールが勝利し、この年の３歳牝馬路線は完結した訳だが、これからは古馬路線とのレースが待ち受けている。

　　　　　多くの牝馬は来年のヴィクトリアマイルを目標に休養に入ったが、サンユベールは当初の目標通りエリザベス女王杯に出走予定。

　　　　　体調面は激戦の秋華賞から一夜明けた後でも問題無く、しっかりと飼い葉を食べている。

　　　　「流石に秋華賞は激戦だったから、ちょっと疲れは見受けられますけど、数日もすれば調子は上向きになると思いますよ」

　　　　　エリザベス女王杯に向かうにあたっては、栗東トレーニングセンターに滞在したまま、調整を行うことになった。

　　　　　既にローズステークス→秋華賞→エリザベス女王杯と関西３連戦が決定しているので、僅かにでも体力維持を勤める為。

　　　　　さすがに短い期間で美浦と栗東を往復する事は体力の消耗に繋がり、体調維持が困難を極まってしまう。

　　　　　交通網が発達したとはいえ、美浦から栗東まで約１０時間も掛かるので、馬によっては移動で体調を崩す可能性もあるのだから。

　　　　　なので、昔ながらの方法――栗東滞在で美浦よりも優れた施設を使いつつ、エリザベス女王杯を目指す事となった。

　　　　　幸い、サンユベールは環境が一変しても飼い食いが変わらない性格なので、安心して滞在競馬を打ち込める。

　　　　　ただ、専属の厩務員には負担を掛けてしまうが、勝利の為に代償を支払う必要があるので、お互いに納得して行われている。

　　　　　基本的に調教師は自厩舎――美浦の対応があるので、厩務員が責任を持つ事になっている。

　　　　「明日から牽き運動を開始して疲れを解れさせてから、軽くＣＷコースで単走追いをする予定です」

　　　　　坂路や併せ調教は最終追い切りなのか、その辺は追い切り前の馬場次第なので明言のしようが無かった。

　　　　　調教師に確認の連絡を入れ終わると、厩務員にとっては短い休み時間が訪れる。

　　　　　さて、東京新馬芝１８００ｍで強烈なデビューを果たしたラストリグレットだが、次走の出走が早くも決定となった。

　　　　　この場に居る３人――名雪、祐一、調教師の話し合いによって決定し、目指す目標も一致させる事に成功。

　　　　　来月の京都で開催される京都２歳ステークス――芝２０００ｍのＯＰ特別で過去の勝ち馬や出走馬にはＧⅠ馬に名を連ねている出世レース。

　　　　　アドマイヤドン、エイシンチャンプ、ザッツザプレンティ、ヴァーミリアンとダートＧⅠ馬が２頭も輩出されている。

　　　　　ただ、２００１年に設立された事を考えると割合としては十分な数だろう。

　　　　　そんな訳で、京都２歳ステークスは東京芝１８００ｍを勝利したラストリグレットにとっては適したレースといえるだろう。

　　　　　新馬戦と同距離の東京スポーツ杯２歳ステークスのプランもあったが、早めに遠征を慣らす為と、同距離のレースを使うメリットもあまり無かった。

　　　　「今の所は他馬の動向が不明ですが、勝ち上がったメンバーがそれなりに回ってきそうですね」
　　　　「わたしもそうだが、オープン特別としてはＧⅠ馬の輩出が多いならば、出走させてみたくなるのもあるな」

　　　　　名雪とて、顔には出さないが縁起を担ぐ所はあやかっておきたい所もあるのは確かだろう。

　　　　「クラシックを考えると、ここで距離短縮して京王杯２歳ステークスに出走する訳にはいきませんからね」
　　　　「下手に距離短縮すると３戦目以降は行きたがる面が出てしまう可能性もあり得るからな。その辺は祐一に任せておく」
　　　　「馬群内に入れていたけど、気性面では現状問題らしい所は一切無かったな。まぁ、他馬と接触したりして行きたがる面が出るかも知れないが」

　　　　　新馬戦では基本的にレースを教える為なので、マトモに走っていてもふらついたり、手前を変えなかったりして、騎手も癖を掴む必要がある。

　　　　　なので、１戦目で綺麗に走って４馬身差で圧勝したラストリグレットには素質があると見受けられるのも当然だった。

　　　　「京都２歳ステークスの後は結果次第だが、ラジオＮＩＫＫＥＩ杯２歳ステークスに進める予定が良いだろう」
　　　　「そうですね……約１ヶ月空きますし、クラシックの登竜門を勝てれば今後のローテーションも楽になりますからね」
　　　　「それで良いが、俺の方はラストリグレットを優先して騎乗するとして、フユノハナビと被った際にはどうするんだ？」

　　　　　祐一がKanonファームの生産馬で騎乗し続けている馬はフユノハナビのみで、現状では５００万下クラスだが、先約もあり簡単に騎乗を断る訳にもいかない。

　　　　「その点はわたしから話しておく。代打となる騎手は祐一が探しておけ」

　　　　　と、名雪は騎手の事は騎手が決めろと言わんばかりの口調だが、祐一は心当たりがあるのかあっさりと頷く。

　　　　　流石に夫婦間での乗り代わりでは乗り回し扱いにされるので、佐祐理は残念ながら除外となってしまう。

　　　　「あまり動かないタイプだから、動かすのが上手い真琴に頼んでみるか」

　　　　　祐一は真琴が確実に乗りたがると分かっているのか、わざとらしく語尾を強めて発現する。

　　　　　こうして、ラストリグレットの今後とフユノハナビ代打騎乗となる真琴に白羽の矢が立った所で、この会合はお開きとなった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特に無し。