ホワイトクラウドが低人気ながら新馬戦を逃げ切った事で評価が変わると思いきや、マークされない気楽な立場だったのが一定以上の評価にならない。
父は芦毛の逃げ馬として、皐月賞と菊花賞を制した2冠馬――セイウンスカイで、地味な血統も評価に繋がらない原因だろう。
ただ、一部のファンにはセイウンスカイの経緯を彷彿させる様な状況で、数少ない産駒の中から父と同じ逃げ馬という事もあって注目されてもいる。
因みに母のスノーラビットも逃げ馬で、短距離中心でそれなりに活躍していた経緯を持つ。
即ち、ホワイトクラウドは逃げ馬としての活躍が期待されている血統という訳である。
「どうだ? ホワイトクラウドの走りは?」
「今はまだ体が出来上がっていない状態ですけど、あの走りを維持出来るなら間違いなくクラシック路線には乗れるでしょう」
「わたしと見解は同じか……暫くはホワイトクラウドの体調と相談して出走レースを決めた方が良さそうだな」
「ええ、調教師の私としても蹄がしっかりとするまで、あまりレースを使わずホワイトクラウドの先を見据える方針が良いと思います」
ホワイトクラウドは蹄が薄いという欠点があり、今回は体調も良かったのでどれだけ走るかを確認する為の出走だった。
だが、結果はご覧の通り、ノーマークの8番人気だったが悠々と一人旅で逃げ勝ちと実力を見せた。
つまり、実力は有しているので3人の思惑通り、ホワイトクラウドは身体が出来るまでじっくりと使われていく事に決定。
「ここで無理にクラシックへ向かわせる必要は無いからな?」
名雪は据わった目付きで自分の対面に座っている調教師に念には念を入れて釘をさす。
この調教師はベテランが多く居る調教師の中ではまだまだ新人に分類される実績で、それなりの頭数を重賞戦線に送り出しているがまだ優勝はしていない。
名雪は余所の調教師が功を焦った挙げ句に馬を壊してしまった事実が何処にもあるという事実を知っているからこそ、無理強いはさせない。
「分かりました……取り敢えず、冬の間はじっくりと調教で鍛える方針でいきます」
「ああ、それで良い。おそらく来年に入る辺りから本格化するだろうしな」
名雪は春までの方針に対して提示された調教師の案を肯定すると、話はここまでと言わんばかりに立ち上がる。
ローテーションに関しては、調教師に任せてあるので名雪は一切関与しないので、話はここでお開きとなった。
ここの厩舎だけではなく他にも預けている厩舎があるので、1カ所に留まっている訳にもいかないので、早々と他の厩舎へ足を向ける。
そして、所有馬を預けている厩舎の見回りが済むと、名雪は肩を軽く解しながら、ジャケットから携帯を取り出して何処かに通話をし始める。
ロングコートのポケットに手を突っ込みながら、佇んでいる姿は誰もが振り返ってしまう程の格好良さ。
「香里か。偶には飲みに行かないか?」
既に今回のレース結果は競馬雑誌に掲載されている状況で、ホワイトクラウドが勝利した新馬戦の評価が書かれている。
その評価は妥当なコメントで手放しに賞賛する様なものではなく、キチンと公私を分けてキチンと書かれているもの。
「……まぁ、良いだろう。じゃあ、後でな」
香里と栞の二人と飲みに行く事の約束を取り付けた名雪は携帯をジャケットに仕舞う。
途中で、何処かの厩舎に所属している厩務員などに挨拶をされながらも名雪は挨拶を返しつつ、待ち合わせの場所に向かう。
美浦トレセンの入り口には各陣営の取材と、出走馬に関する立ち姿の写真撮影を終えた美坂姉妹が待っていた。
「久しぶりね。名雪」
「お久しぶりです。名雪さん」
「そうだな。わたしはあまり取材を受けたくないからな。会うのは久しぶりになるか」
会う事自体は久しぶりになるが、名雪は香里が記事を書いて栞が写真を提供している競馬雑誌を読んでいる。
逆に美坂姉妹は名雪の生産馬が出走する時には馬を調べるので、お互いに活躍しているか知っているので、久しぶりという感傷は無いかもしれない。
「んで、何処に飲みに行くのよ?」
「適当で良いだろう。自分達の服装を良く考えるんだな」
「あー、こんな格好では良い所には行きにくいですからね」
栞は自分の服を軽く摘みながら、軽く見回すと小さく溜息を吐き出してしまう。
名雪が理解したか? といいたげな表情を向けると、2人は苦笑いを洩らすのみだった。
スーツを着こなしている名雪とは違い、香里と栞は取材時の服装のままなのだから、名雪が呆れる様な口調になってしまうのは無理もなかった。
香里は仕方なさそうな表情を浮かべつつも、久しぶりに名雪と飲める事が嬉しいのか、納得した表情だったと記しておく。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。