2007年度初となる競馬は、新年というだけであって普段は競馬場に来ない様な層の人々が来場している。

     中には初めて競馬場に来たのか、人の多さと競馬場の広さに目移りをしたのか、周辺を見回している様な人も多い。

     冬の競馬らしく吹き付ける寒風が荒れているが、それでも往年の競馬ファンは観客席からではなく、コースに一番近い場所に陣取って予想をしている。

     勿論、パドック周辺で予想している人物も居るので、どれだけ寒風が吹こうが競馬に対する熱気は止められないのだろう。

 

    「いやはや、初めて競馬場に来たが想像以上に広いな」
    「そりゃあ勿体無い。やはり、来ないと競馬の魅力は分からないからな」

 

     2人組の1人がそんな事を教えながら、多くの人が向かっている中山競馬場のパドックに流れていく。

     そして、パドックでは既に1レース――3歳未勝利のダート戦に出走する馬が闊歩している最中。

     殆どの観客は競馬新聞を開きながら、パドックを周回する馬の一挙一動を見逃さないという表情だった。

 

    「新年1発目のレースだし、凄く殺気が立っているな」

 

     去年の有馬記念はガチガチの本命――ディープインパクトが勝利し、2着は6番人気のポップロックだった。

     その為、穴党には大きく負けた結果だったのが見て取れる。

 

    「お前は外したんだよな?」
    「ん? ああ、有馬か。穴党としてはディープからは買えないし、ポップロックとダイワメジャーは買ったんだがな」

 

     男は苦笑いを洩らしながら、ヒラヒラと力なく手を振ると今日は取り戻すと言いたげな表情になっていた。

     その男は有馬記念では馬単で勝負したのか、仕切りにワイドで勝負すれば良かったと呟きながら、パドックの観察を始めた。

 

 

     1レースは年明け最初というだけあって、今年1年の競馬運を決めるという考えが誰にもあるからか、混戦模様な印象をもたらしていた。

     だが、新年早々勝利したのは12番人気と最低人気の馬で、いきなり出た万馬券に対して観客は呆気なく電光掲示板を眺めるのみ。

     それもその筈。

     勝った馬の騎手は音薙有希と、女性騎手としては今ひとつ活躍していないので新年早々勝利するとは思われてなかったのだから。

     強引に騎乗馬を内ラチに突っ込ませて、鬼気迫る動きで壁となっていた前方の馬がコーナーで隙間を作った瞬間に抜き出たのだから。

     その勢いを持ったまま、直線で先頭に躍り出ると2着馬に半馬身の差を付けて勝利し、全国で最も早く1勝した騎手になった。

 

    「……あんな結果は当てられるか」
    「まさかの女性騎手が勝利だからなー……所で音薙って上手いのか?」
    「いや、中の下から数えた方が早いな。年明け早々馬が集まる様な腕では無いと思っていたんだが」

 

     男は1レース目の馬券をクシャクシャにしてから、ゴミ箱に投げ捨てると深く溜息を吐き出してしまう。

 

    「仕方ない。次で取り返すか」
    「そう言って負け続けるのが安易に想像出来るな」

 

     もう1人の男が言った通り、4レース連続で縦目を食らい続けてしまい午前中だけで相当の負けを重ねてしまった。

     それでも取り戻そうと躍起になっているのか、男は6レースの新馬戦に賭けてジックリと新聞を嘗め回す様に情報を取得している。

 

    「お、水瀬さんの馬が出ているな」
    「誰だ、それ?」

 

     新聞を読んでいた男が呟いた言葉に反応し、もう1人の男は横から新聞を覗き込んで来た。

     競馬新聞の馬主と生産者名を掲載する部分には水瀬名雪、Kanonファームと記入されているが、男の友人は知らないのか首を傾げている。

 

    「んと……ほら、パドックで腕組んで、目が据わっている女性が居るだろう。あれがそうだ」
    「美人だが、一目で分かるほど気が強そうな感じがするな……もしかして、斉藤の知り合いか?」
    「知り合いと言えば知り合いだが高校の時の同級生で、その時に馬券購入していたのがバレて、牧場で働かされた位の知り合い」
    「そりゃあ、ご愁傷様。でも、働かされた割に馬券は当たらないんだな」

 

     と、斉藤はプライドをざっくりと削る事を言われつつも、名雪が生産したホワイトクラウドという馬を単勝で攻める事にしたようだ。

     その血統は父セイウンスカイ母父サイレンススズカと近代日本競馬の集大成と呼べる逃げ馬だった馬の血を引いている。

     父であるセイウンスカイは種牡馬として成功していないので、ホワイトクラウドの人気は12頭中8番人気だった。

     斉藤は他の馬には目もくれず、1番目立つ毛色――白毛のホワイトクラウドと心中するつもりか、マークシートの購入金額に1万円を記入。

 

    「無茶するなぁー」
    「……結構、水瀬さんの馬から儲けさせて貰っているからな。ここは買いと見て良いと判断したからな」

 

     すると、友人も良い情報を得たと思ったのか、斉藤に合わせて5000円分を購入。

     斉藤としては、教えた事により外す訳にはいかないので余計なプレッシャーが掛かっている事だろう。

     そして、ホワイトクラウドは低評価を覆して2着馬に3馬身の差を付けて勝利。

     斉藤とその友人は合せて、100万近い払い戻しを得たと記しておく。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:サイレンススズカ……現実では天皇賞・秋で予後不良になっているが、こちらでは天皇賞・秋圧勝後に屈腱炎を発症し引退している。
     注2:セイウンスカイ……芦毛の逃げ馬で、父のシェフリズスターが遺した唯一の代表産駒。