既に各騎手は意図を読まれないようにゴーグルで視線を隠しており、臨戦態勢は整っていた。
多くの騎手はラストフローズンをマークする事を考え、ラストフローズンの騎手は如何にマークを切り抜けるかを計算している事だろう。
そして、その中で最もダービー制覇の強敵になり得る相手を決めて、動くしかない。
なんと言っても1番人気というプレッシャーもある中で、逃げ馬が居た場合は、1番人気のラストフローズンが真っ先に動く必要も。
動かなければ逃げ切り濃厚になり、動けば後方から差される可能性もあり、薄氷の上を走る位の慎重さと大胆さが必要不可欠。
2400mという距離がラストフローズンにとっては足枷なので、他馬との駆け引きが重要。
そして、スターターが歩いて、スターダー台に上がると、一瞬にしてざわめきが最高潮に達し、日本ダービーとしてのファンファーレが演奏される。
その演奏に合わさって観客の手拍子が行われる中で、各馬がゲート内に収まっていく。
1枠2番のラストフローズンは偶数の為、先入れとなるが、ここでも父オグリキャップと同じ癖であるゲート前で悠然と立ち止まり、軽く首を振るう。
そして、堂々とゲート内に収まると、他馬も次々と入っていく。
ラストフローズンの隣枠――1枠1番にディープスカイが何の問題もなくゲート入りをこなし、奇数枠も順調に埋まっていく。
最後に8枠18番の馬が入ると一瞬の間だけ、観客側は静寂に包まれて、その瞬間にゲートが開き、各馬が一斉に飛び出す。
「2005年度生まれの3歳馬が7981頭の中から頂点を目指し、第75回日本ダービーのゲートが今開きました!」
一瞬のタイミングを見計らって絶好のスタートを切って飛び出したのは、ラストフローズン。
出走馬の中で唯一の芦毛馬として、一際目立つ格好のスタートだったが、流星の1つである作が特徴のディープスカイも好スタート。
お互いに競り合って先頭争いをすると思われたが、スッと外から伸びてきた他馬にあっさりと譲る。
2400mという長馬場で直線からのスタートなので、観客の歓声に驚いて入れ込ませない様にするのが第一なのだから。
無理に下げた訳ではないので、ラストフローズンは騎手に抵抗する事無く、8〜10番手と中団辺りに位置する。
ディープスカイも騎手に逆らう事無く、好スタートから位置取りを下げていって、15番手と後方からの競馬を選択。
ラストフローズンは馬群に囲まれた状況だが、叩き合いに持ち込ませた方が良いので、このまま直線まで持ちこたえれば良い脚を使うだろう。
逆にディープスカイは後ろから全体を見渡せる様な位置取りなので、ラストフローズンに合せて進出も可能。
「先頭から最後方まで凡そ20馬身程、1番人気のラストフローズンと2番人気のディープスカイは何処から仕掛けるのか」
先頭が向こう正面に入ったばかりとはいえ、既に800mを走っているので残り1600mしかない。
即ち、残り時間が1分32秒程度で、7981頭の中から頂点が決まる訳でもある。
逆にいえば、まだ1600mもある訳であり、勝負が決したのではない。
今の所、不利らしい不利は一切無く、少々ペースが遅い事を除けば許容範囲内で、現状ではマークも厳しく無い。
とはいえ、内ラチ沿いを取っているので、ターフビジョンからでは分かり難いが、徐々に前と外に後から真綿で首を絞めるが如く、進路を締められていく。
「残り1000m、先頭はまだレッツゴーキリシマが引っ張っている。2番手のアグネススターチはここで落ち着いたか、3番手集団と差がありません」
3番手からは馬群として固まっているので、僅かな差で順位が目まぐるしく入れ替わっている状況となっている。
2コーナー付近で5〜7番手の馬が前に行った分、ペースは速くなると思われたが、3番手の馬が煽られても留まったので、馬群が出来上がった。
後方に位置していたディープスカイも徐々に進出し始めたが、進路は馬群で固まっている内を選択したようだ。
ラストフローズンも進出をするが、囲まれているのでまだ強引にこじ開けるのは不可能と判断したのか、騎手は手綱を抑えたまま。
「ここでレッツゴーキリシマが1馬身、2馬身と突き放しています。このまま逃げ切りを狙うのか?!」
スーッ、と2番手以降を突き放すが、14番人気という低人気の為、そこまで警戒されていない。
悠々と逃げ切りを図るが、2番手も上がる必要が出てきてしまったので、徐々に隊列が縦長に移り変わっていく。
ここでラストフローズンは騎手に導かれて、内ラチから3頭分程離れた場所に移動する。
これ以上、内ラチ沿いを走っていれば、囲まれたまま終わってしまう可能性もあるので、騎手の判断は間違っていない。
「さぁ、最後の尽力を出し切って、第75回日本ダービーを制するのはどの馬だ!?」
先頭のレッツゴーキリシマが最終コーナーを回ると大歓声が沸き、各馬もそれに釣られる如く、それぞれの位置取りから騎手に追われ始める。
内ラチ沿いに居たディープスカイは大外――他馬に邪魔をされない王道かの如く、勢い良く進出し他馬を飲み込み始めた。
ラストフローズンは内から他馬と密着しながら、脚を伸ばしている状況で接触ギリギリのぶつかり合い。
「ラストフローズンが馬群を割って伸びているが、ディープスカイの方が勢いが良いか!?」
ブラックシェルと叩き合いながら、ラストフローズンは脚を伸ばすが、皐月賞の様に勢いが感じられない。
グイグイと伸びるディープスカイと対象に、ジリジリとしか伸びないラストフローズンでは大勢を決した。
距離と言うべきか、ラストフローズンは3着のブラックシェルを交わせずに4着に敗れた。
1着には大外から全馬を飲み込んで差し切ったディープスカイが75頭目となるダービー馬に。
1部に戻る 2部に戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。