優駿牝馬――オークスの正式名称であり、3歳牝馬が目指す頂点のレース。

     桜花賞の1600mに比べて、800mも距離延長があり、2400mという3歳牝馬には過酷な距離で行われる。

     その為、3冠馬を除くと桜花賞とオークスの2冠馬は1993年のベガまで遡らなければならない。

     それだけ過酷な事を窺われるが、元となるイギリス1000ギニーとイギリスオークスが原型の為、その距離がそのまま当てはまっている。

     桜花賞とオークスの2冠馬は秋の秋華賞が2000mなので、この距離をこなせれば3冠に近いともいえるだろう。

     今年のオークスで2冠目の権利を唯一持つのはサンユベールのみで、他馬にはその権利を持たない。

     さて、そのサンユベールだが、どちらかというと距離に不安が見受けられる様で、その証拠にオッズが高くついており、3.4倍の2番人気。

     逆にトールポピーは現時点でのオッズは2.4倍の1番人気。

     ファンに見る目があるのか無いかは、オークスが終わった後に判別される事だろう。

 

    「……やはり、距離に不安は思われるか」
    「トロピカルサンデーの件もありますし、トールポピーの方が距離に適正があると思われても仕方ありませんね」

 

     名雪は馬主席で革張りのソファーにスラリとした脚を組みながら、今回連れて来た従業員である一弥も距離に関しては同意する。

     欧州では家族が牧場を経営しており、佐祐理の弟だけあって、こうした社交場にも一弥は問題無く馴染めているのが分かる。

 

    「で、馬券は買わないのか? 年齢的に問題は無いはずだが」
    「買うと来ない気がするので辞めておきます。それでサンユベールが負けたらショックですから」

 

     2人はそんな他愛の無い会話で時間を潰していると、徐々に発走時間が近づき、殆どの馬主が室内からテラス席に移動を始めた。

 

     

 

     東京2400m戦はスタンド前からのスタートとなり、如何に入れ込まない様にするかが鍵。

     サンユベールにはゲート入りまで、メンコを被らせて音を出来るだけ遮断させる態勢で挑む。

     そして、スターターが赤旗を振り、オークスの発走を告げるファンファーレが演奏される。      サンユベールは6枠11番の奇数枠からのスタートで、先に入らなくはならない。

     サンユベールは無事にゲート内に収まって、メンコを外されるが問題無く佇んで居る。

     最後に8枠18番の馬が入って、第69回優駿牝馬のスタートが切られた。

     直ぐさまに歓声が沸き、これといって出遅れた馬は居ないが1枠1番の馬が行き脚が付かずに離されてしまう。

     サンユベールはやや立ち後れた格好でスタートを切るが、サッと中団に取り付くと、内の方に進路を向ける。

     トールポピーの方が僅かにスタートを上手く出ると、同じ様に内に進路を向けてゆっくりと内ラチ沿いに。

     1番人気と2番人気がお互いに牽制し合う様になり、この位置取りはお互いに想定内だろうが、ここまで同じ位置になるとは思わなかった筈。

     トールポピーの方がスタートは良かった為、サンユベールよりも外に居たにも関わらず、内を取るのに成功している。

     後はこの態勢のまま、やり合う訳もなく仕掛け所をお互いに探り合って最後の最後で出し抜く事を考えているだろう。

     レース態勢はクッキリと、前方、中団、後方と分かれており、前を引っ張る4頭がいつ動くかでペースはガラリと変わってしまう。

     1コーナーから2コーナーの間では、ほぼ動きはなかったが、向こう正面に入ると僅かに動きが見られた。

     中団付近が動いて徐々にだが、先頭集団の4番手に取り付くのも時間の問題だろう。

     トールポピーもサンユベールも流れに乗っているので、無茶な消耗はしておらず、まだまだ余裕のある走りをしている。

     ここまで1000mのタイムが1.00.9と、そこそこのペースで淀みなく動いているが、徐々に中団が差を詰めているので、先頭集団も煽られて動く。

     そして、残り1000m――3コーナーの入り口に先頭の馬が入っていくと、後方が追い上げ、中団は離されずにポジションの取り合いに。

     サンユベールは距離の不安があるのだが、離される方が結果に繋がらないと考えたのか、積極的にトールポピーに食らい付く。

     とはいえ、一瞬だけトールポピーの方が早く仕掛けられ、サンユベールは僅かに遅れてしまう。

     しかし、最後の最後で脚を使う為に手綱はまだ扱かず、キープされたまま4コーナーを回る。

     ここでサンユベールとトールポピーの内と外が互いに入れ替わり、サンユベールは内から、トールポピーは外からを選択。

     ここでサンユベールは5番手付近に浮上し、トールポピーは他馬に接触しつつも、勢い良く伸びる。

     そして、内の方に切り込みながらも、その脚は留まる事を知らず。

     サンユベールは内からジリジリと脚を伸ばしつつ、スッと広がった馬群の隙間を突いて、3番手に躍り出る。

     残り200mとなり、勢い良く伸びているトールポピーとサンユベールの一騎打ちとなるが、エフティマイアが割って来る。

     最後に脚を伸ばしたのはサンユベールだが、僅かに抜け出していたトールポピーに及ばず3着に敗れてしまった。

     しかし、審議のランプ――対象がトールポピーとなっており、15分に及ぶ審議の結果、トールポピーは降着となり、後味の悪い結果に。

     これでサンユベールはトールポピーの降着によって、3着から2着へ繰り上がり、エフティマイアさえ躱して居れば1着になっていた事だろう。

 

 

     1部に戻る   2部に戻る      

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。