バックドラフトがバレンタインステークスを勝利。

     10月の会津特別以来の出走だが、悠々と先行抜け出しての勝利なので、ノーマークながら横綱相撲だった。

     本来は1000万下の条件クラスながら、OP特別の格上挑戦を勝利したのはしっかりと成長した証だろう。

     デビュー時は去年の3月と非常に遅く、まだ8戦目という出走数なので、底を見せていないのも大きな魅力。

     ここを勝ち上がった事で、一気に名乗りあげられたかといえばそうではなく、マイル路線の層は厚いので厳しいのは変わりない。

     少なくともまだ経験が少ないので、今春のG�気鯡椹悗紘�要は無く、まずはG�系�線から狙っていく方針となった。

 

    「わたしには10番人気ながら、良く勝てたなというのが印象だな」
    「しっかりと仕上がっていましたし、勝算はありましたよ。ただ、この後のローテーションは少々厳しいでしょうね」

 

     1600万下を飛ばしてOP特別を勝利した為、今後のレベルが高くなってしまってはデメリットしかない。

     如何に重賞でも勝ち負けに持ち込める様になるまで、成長させなければ意味がないのだから。

     ローテーションが厳しくなった事で名雪は軽く肩を竦めてしまう。

     調教師も今後のローテーションを組み替える必要があるので、ある意味難儀な結果となってしまった。

     とはいえ、喜んでいない訳ではなく、そこそこ期待されていたのでOPクラスに昇格出来たのは期待通り。

     ここから如何に勝利するかで、この馬の評価が変わっていくだろう。

 

 

     さて、バレンタイン当日というわけで、Kanonファームの従業員にとっては楽しみなイベントの一つ。

     Kanonファームは男性の割合が非常に多く、女性は名雪のみという状況がこのイベントを際立てている。

     元より、秋子並みの料理腕前を持つ名雪が手作りで振る舞うのが、毎回の恒例。

     その為、全員が義理とはいえ、十分な出来映えなのでこれ以上に無いほどの物を貰っているわけである。

     そもそも休みが無く、周辺には牧場以外の建造物が無いので、士気を上げるにはこうしたイベントしか無いのだから。

 

    「やれやれ……毎回思うんだが、そこまでわたしの義理チョコは需要あるのか」
    「貰う事が無い水瀬には分からんよ。こんな時以外から貰えるなんて無いしな」

 

     名雪は全員に渡し終えて、リビングで他厩舎に預けている馬の仕上がりや体調に関して聞き終えた所だった。

     そんな時にリビングへとやってきたのが北川だったので、名雪はチョコに関する事を聞いてみたのが実情。

     名雪から手渡されたチョコを頬ぼりながら、北川はそんな事を口にするが、お互いに照れはないようだ。

     既に10年近く同じやり取りをしているため、慣れたものでウブさなどは感じられない。

     その割に扱いは昔から変わらず、現在は名雪が社長なだけあって、従業員である北川を雇っているに過ぎない。

     これだけ長年の間に競馬繋がりを持ちながら、恋愛関係にならないのが他従業員からは不思議に思われていた。

 

    「そういえば、水瀬って誰かと付き合わないのか?」
    「……一切考えた事はないな。少なくとも牧場暮らしで休みが無く、結果も分からずに何年も過ごせるのが最低限だな」

 

     最低限の条件にしては非常に厳しいが、牧場経営であるKanonファームでは日常茶飯事なのだから、この点は譲られる事はないだろう。

 

    「それと、10年近く牧場経営に没頭していれば、相手は見つからないのも当然だな」

 

     伊達に牧場経営を費やしてきただけではなく、その言葉には現状では名雪以外には吐けないだろう。

 

    「わざわざこんな事を聞くなんて、わたしとシたくなったか?」

 

     名雪はわざとらしく、ソファーに座ったまま前屈みしつつ、挑発的な表情を浮かべ、扇情的にスラリと引き締まった脚を組み替える。

 

    「……うっ、まぁ、その魅力は水瀬にはあるからな。正直にいうと付き合いたい」

 

     名雪は正面から言われたにも関わらず鼻を鳴らし、逆に北川が照れているという状況。

     そうした行動が今までの間に一切無かった為か、暫しの間、リビングには重い雰囲気が漂う。

 

    「……ふむ、潤の気持ちは分かった……が、今のままではわたしからは頷く事は出来ないな」
    「……その条件は?」
    「潤ではなくて、わたしの方に問題があるのは自覚している。少なくともダービーを勝つまでは、そういう事は考えるつもりはないのでな」
    「目標が果たされるまで先は長いかもしれんが、それで良ければ返事は待っていて欲しい」

 

     下手すると達成出来そうもない果てしなく遠い目標だが、名雪には自信があるのか気高い表情は変わらないまま。

     もう一つの目標である母――秋子が生産した馬を自身が生産した馬で超える必要があるのだから、躓いてはいられないのだから。

 

    「……分かった。オレも最後まで待ち続けてみる」

 

     こうして、ひっそりと二人の間で約束を共有する事になった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。