カッパネレ競馬場――今回のリディアテシオ賞が開催される競馬場で、      欧州の競馬場らしく古い歴史を持つ。

     1881年に建設されており、既に126年の歴史が。

     ロンシャン競馬場の様に豪華なスタンドではなく、古めかしい造りで小さいのが3棟程並んでいるのが特徴。

     馬場は1週2400mの平坦コースだが、欧州競馬らしくタフで芝が長いのでスタミナを有していないと厳しいだろう。

     極めつけは900mもある直線で、日本も直線1000mの新潟競馬場があるのだが、最終コーナーを回ってから900mなので仕掛け所が難しい。

     イタリアダービーなどが開催される競馬場なだけあって名門なのだが、近年はレベルの低下が顕著化しており、名門とは呼べない状況に。

     既にイタリアダービーはG�気�らG�兇帽潦覆靴修Δ幣�況で、イタリア競馬の危機が良く分かってしまう。

     さて、トロピカルサンデーは大外からのスタートとなるので、他馬よりも距離ロスがある分、実質的にスタミナギリギリと思われる。

     如何に直線まで脚を溜めて、最後の最後で900mもある直線を乗り切るかが騎手である佐祐理に掛かっている。

     わざと出遅れて後方に付ける作戦もあるが、ガチガチに固まって集団化して走る欧州では僅かな隙間を突っ込める程、開ける騎手など居ない。

 

    「まぁ、腹は括ったし、後は何処まで我慢出来るかが問題かな」
    「ここまで来たら、調教師の仕事は倉田とトロピカルサンデーを信じるだけだ」
    「うーん、責任重大だなぁ。まぁ、ちょっと頑張ってみますか」

 

     佐祐理はわざとらしく、負けるような言い分をするが、その表情は実に楽しげで勝算の可能性を見え隠れしていた。

     そして、返し馬を行う為に調教師はリードを頭絡から外し、トロピカルサンデーは逸る気持ちを抑えられて、広いターフを駆けていく。

 

 

     一方、その頃。

     古びて味がある観客席の上段にある馬主席では馬主である名雪が欧州に合せたドレスコードの為、大型の日除けがある帽子を被っている。

     日本で居る時の様な格好ではない為、また違った魅力が見受けられるだろう。

     スタイルの良さが強調されているが、当の本人は着慣れていないのか、嫌そうに顔を顰めている。

     多くの馬主から釘付けされている程だが、その原因はもう一つあった。

     それは名雪の傍に立つ女性は、ほぼ瓜二つと呼べる位、名雪にそっくりなのだが、僅かに細部が違うといえる箇所は年齢を感じさせる出で立ち位。

 

    「わざわざ、私のそっくりな格好になっているとは思わなかったがな」
    「昔のままだったら、スタッフが付いてきてくれるとは限らないから、しゃべり方も秋名さんを参考にした」

 

     名雪の傍に立つ女性は相沢秋名。

     中央競馬で騎手をこなしている相沢祐一の母であり、名雪にとっては伯母にあたる人物。

     既に幾分か年齢を重ねたにも関わらず、20代後半といっても通用する程の肌の張りでシミ一つ無く、白髪も見え隠れしていない。

     スタイルの良さも10年前から変わっておらず、声の張りもハキハキとしているので、名雪にとっては変わらぬ伯母といった所だろう。

 

    「……んで、牧場経営はどうだ?」
    「ある程度は知っていると思ったんだが……今の所はまずまずといった所で、あの時にスタッフが辞めていたらどうなっていたかは分からない」
    「そうか……私達の小さな願いの為に、苦労掛けたな」
    「……まったくだ。これだけ苦労して、こんな所で超えるという訳にもいかないな」

 

     名雪は秋名の謝罪をあっさりと受け流すと、まったく気にしていない表情を浮かべつつ、口端を釣り上げる。

     10年も牧場経営をしていれば、毎日毎日が追われる日々だったので、今更恨んでも仕方ない。

     ならばキッチリと約束通り、生産馬で勝利して貰った方が有意義なのだから。

 

    「そういえば……母はどうしている?」
    「相変わらず若々しいままだな……それは置いておいて。秋子がそう約束を反故すると思っているのか?」
    「ん……それはないな」
    「そういう訳だ。ここではない大舞台で戦えるのを楽しみにしているわ、が秋子の伝言だ」

 

     名雪はそうか、とそれだけを呟き、日本よりも遥かに小さいターフビジョンに視線を移すと、既にレースは終盤を向かえていた。

     ゴール前に接している馬主席の為、肉眼では動きが見えず、ターフビジョンは全体を映すほどではないので、トロピカルサンデーの場所が分からない。

 

    「ん……これだとうちのホワイトケープは厳しいか。名雪ちゃんのトロピカルサンデーは前々でガッチリと外から圧力を掛けて蓋をしているしな」

 

     残り200mとなり、ようやく視認出来るほどの距離になって、トロピカルサンデーが外で脚を溜めているのが伺えた。

     200mしかない無いとはいえ、欧州競馬のタフさで簡単に抜け出して押し通す程甘いものではない。

     残り100mで、トロピカルサンデーが走りやすいように手綱を広げてハミを緩めさせるとジワリと差を広げて、首差ほどだけ先頭に立つ。

     他馬も日本の馬に負ける気が無いのか、騎手の鞭に反応して脚を伸ばすが競り合った状況に持ち込んでいるので、なかなか下がらない。

     しかし、最後の最後で佐祐理が鞭を振るうと、スッと半馬身抜け出した所がゴールだった。

 

    「おめでとう名雪ちゃん……うちのは7着位か。まぁ、取り敢えず今日は潔く負けたが、次は負ける気はないからそのつもりで」
    「……心しておく」
    「さ、勝者はさっさとウイナーズサークルに行ってこい」

 

     秋名はそういって背中越しに手をヒラヒラと振って、検量室に愛馬を迎えに行った。

     勝者と敗者がクッキリと明暗として分かれ、ひとまず名雪と秋子の対決は名雪の勝利で終わった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     ショートスカート……父ディクタットでイギリスオークス3着の実績あり。