京都3000m。
皐月賞は早い馬が、日本ダービーは運がある馬、そして京都3000mで開催される菊花賞は一番強い馬が勝つといわれている。
昔ながらの名言だが、過去に3冠馬が輩出された頭数を鑑みると今でも当てはまっているのだろう。
2度も坂を下らなければならず、高さ4mの坂を上がり、勢いを如何に殺さず回らなければならない。
過去はゆっくりと回るのが通例だったが、今はディープインパクトの印象で勢いをつけたまま捲ってくる馬も居る位、変わってしまっている。
そして、昔ほどスタミナ優先ではなく、切れ味が勝るタイプの馬が悠々として勝利を攫っていく。
その為、スタミナ一辺倒のタイプには年々厳しくなっており、今年の出走馬でも切れ味勝負では敵わないのが多いと見られている。
逆に豊富なスタミナを武器にして早仕掛けで後続が捉えきれない程の差を付けて逃げ切る手段があるといえる。
そこに当てはまるが逃げ馬として、菊花賞のペースを握るホクトスルタンだろう。
スローになるか、ハイペースになるかでレース展開と仕掛け所が変わってしまうのだから、委ねられた陣営も目標にされてしまう。
メジロマックイーンの産駒としての注目もあるので、必然的に人気が出てきてしまっていた。
目標となる逃げ馬が居れば他馬は追いかけやすいのだから、如何にペースを維持するかが鍵だろう。
ハネダニマケナイ6番人気、Kanonファームの生産馬として、無事に抽選を潜り抜けて出走をこぎ着けた。
どの競馬新聞もそれなりに印が集まっており、惑星としての存在感を示している。
父ナリタトップロードに続く親子2代制覇も狙える存在なのだから、人気にはなっているといえる。
ただ、ホクトスルタンも古馬になってからの天皇賞4代制覇の偉業が掛かっているので、ここでも結果を残さなければならない。
その点から比べると、ハネダニマケナイの菊花賞制覇はそれ程気にされていない所もあって、気楽な立場だろう。
「運良く出走枠を得られた事だし、良い所を見せないとな」
「GⅠ制覇という夢を私に見せて下さいよ」
ハネダニマケナイの担当厩務員が懇願する様に注文をするが、そう簡単に勝てる物では無いと言う事は知っているので、ジョークというのが相応しい。
どの騎手でも勝てないレースはしないので、厳しいレースになるのは変わりない。
牡馬クラシックの3冠目なのだから、どの騎手がどんな奇策を打ってくるか探らなければ勝算はガクッと落ちてしまう。
「まぁ、どいつもこいつも最後の1冠は狙っているから、こっちが上回らないとやられるな」
「ここを勝てれば、最優秀賞3歳牡馬になれる可能性が残されていますからね。狙って下さいよ」
「へいへい、水瀬社長も来ているからな。無様な所は見せられないな」
パドックの中心では各馬の馬主や生産者がしっかりとスーツやドレスを着こなして、自身の馬を眺めていたり、ライバル馬主と談話していたりする。
そんな中で名雪だけは女性馬主ながら、ドレスではなくスーツ姿でネクタイも締めている為、観客からの視線で一際目立っている状況。
名雪の横にはハネダニマケナイの所属先である調教師が佇んでおり、共にハネダニマケナイの動きを注視している。
「セントライト記念は7割ほどでしたが、今回はキッチリと馬体重を絞って極限まで仕上げました」
前走比-12kgと余分な肉付きを限界までそぎ落として、ステイヤーの肉体が作り上げられていた。
その為、筋肉質ではなくスレンダーな馬体であり、胸前には肉厚では無く薄い皮膚が見えている。
腹回りは僅かに肋が浮かんでおり、脾腹はだらしなく下がっている印象はなく、くっきりとした形を見せている。
「……思った通りの仕上がりだ。これなら勝算は手が届くまで近づいたか」
「そういって貰えれば、私も後は騎手に全てを任せる事が出来ます」
調教師は名雪から褒められた事を満足そうに頷くが、ここで勝利が確定した訳ではないのだから、直ぐさまに顔を引き締める。
菊花賞出走に選ばれた18頭はパドックの周回が終わり、1枠1番の馬から順に地下道へ向かっていく。
戦場に向かうような決意を秘めた表情で各馬は良く鳴り響く、蹄鉄音を聞きながら闊歩している。
そして、出口付近では地響きのように観客の歓声が響き、初のGⅠ出走馬では慣れないほど。
「1枠1番ヒロボクロイヤル。青葉賞の勝ち馬が菊花賞で大成を開かせるか」
「父ナリタトップロードに次ぐ親子2代制覇を成し遂げられるか?! 本日は1枠2番からのスタートとなります。ハネダニマケナイ」
こうして、各馬はアナウンサーに紹介されながら、1枠1番から順に18頭までの本馬場入場が終わり、菊花賞のターフを駆けていった。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:ヒラボクロイヤル……父はタニノギムレット。