ローズS。
過去は芝2000mで開催されていたが、今年からは距離が1800mに短縮された。
その理由は桜花賞などの1600m戦で1コーナーから2コーナーにかけて、窮屈のため内と外で不利が発生し易かった為。
そして、秋華賞の試金石として有力馬が多く集まっていたので、距離短縮でどの様な結果になるかが見所。
とはいえ、中山競馬場で開催される紫苑Sよりも、こちらの方がメンバーが集まりやすいのは変わりない。
紫苑Sは夏の間に賞金を上乗せして、実力を上げた馬が出走し易く、それに比べるとローズSは春の有力馬が一堂するのだから。
中には札幌で開催されるクイーンSから秋華賞を目指す陣営もあり、古馬混合戦なので、ここを勝てれば秋華賞でも勝ち負けになれる。
とはいえ、今年の牝馬路線はウオッカ、ダイワスカーレットにトロピカルサンデーとロープデコルテ、ピンクカメオと錚々たるメンバー。
そこに割って入るような馬は今の所は見当たらないのが、どこの競馬記者も察しており、殆どの評価は上記の馬に与えられている。
閑話休題。
ローズSはダイワスカーレットとトロピカルサンデーが人気を分け合って、その下にオークス2着のベッラレイアがいる。
だが、オッズは上位2頭が1.5倍と2.1倍なのだが、ベッラレイアからは10.2倍と急激に差が付いてしまっている。
それだけ2頭で堅いと思われているので、付け入る隙がまったく見られない状況。
中には100倍を超えたオッズの馬――川崎からの遠征馬で場違い感があり溢れている。
「あうー……人気がなさ過ぎるのよぅ」
ダート路線、それも地方からの遠征となれば、初芝となる馬ではここでは流石に厳しい。
どの競馬新聞も短評には厳しい、実力不足、初芝でこの相手では、などと書き連ねている。
騎手が“天才”として評価を上げている沢渡真琴とはいえ、全ての馬を勝たせられる訳が無い。
とはいえ、ただのお客さんとして出走する訳でも無いだろう。
何かしらの作戦があるのは間違い無いだろうし、無策のまま出走するほど単純ではない。
「さて、どうにかしてダイワスカーレットを負かさないと」
佐祐理はチラリとパドックを周回中のダイワスカーレットとトロピカルサンデーを一瞥する。
どちらも馬体重は前走よりも増加しているが、100%の仕上がりではなく7割か8割の出来なのは確か。
ここはあくまでもトライアルレースなので、突き放して勝つ必要はないのだから。
秋華賞を見越して如何に余力がある状況に持ち込ませるかが、上位2頭に騎乗する騎手の仕事。
それだけではなく、春からどれだけ成長したかを見せ付けなければならず有力馬の秋初戦は慎重に尚且つ大胆な走りをさせなければならない。
その両方を満たしてこそ、今後の指針になり得るのだから、騎手のプレッシャーも凄まじい事だろう。
「まぁ、何とか良い結果を出さないと秋華賞に繋がらないし、名雪から怒られるのは勘弁願いたいし頑張らないと」
既に覚悟を決めた表情なので、軽口を叩いているのはわざとらしく場を和ませるため。
「やっぱり、倉田でも水瀬社長からは怒られるのか」
「口でいわれると言うよりも、あの細められた視線で睨まれるからね。私と1歳しか変わらないのに迫力あるから勘弁して欲しいよ」
「倉田だって騎乗時は強引に馬群を割るのに良く言うよ。俺からすればその強引さは脅威的だぞ」
「んで、今回はどの様に騎乗するんだ?」
「そうだねー……思い切ってちょっと逃げてみようか?」
わざとらしく、冗談を口にする佐祐理だが、それを真実として受け取る騎手は1人も居ないだろう。
現在進行形で腹の探り合いを行っているのだから、本音は一切口にしていない状態。
佐祐理はチラリと地方から遠征してきた真琴が聞こえる様に、少しだけ声量を上げている。
「うん、上手くいけばスローになりそうだし、逃げきってみるよ」
「それは怖いな。それだと誰かが追いかけないと逃げ切られそうだ」
貶めるというよりも、どの騎手も展開がミドルからスローに落ち着くのが分かっているので、浮き足立っている真琴に白羽の矢を立てているだけ。
その方向に誘導しても思った通りに逃げるとは限らないが、まだ騎手として3年しか経過していない真琴には腹の探り合いでは勝てない。
これから中央に遠征する回数が増加するなら、“天才”と呼ばれるだけでは勝てないのだから、ある意味手荒い歓迎ともいえるだろう。
それだけ、他の騎手も真琴の事を認めているのだから。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。