オグリキャップ産駒のラストフローズンが新馬戦を勝利。

     着差は頭差とはいえ、5頭の馬を競り落とした走りは着差以上の強さを見せ付けたのだから。

     競馬ファンにとっては、今や種牡馬引退した状況に近い中でオグリキャップそっくりな芦毛が勝利したのは喜ばしい事だろう。

     何よりもゲート入りの仕草――武者震いまでそっくりなのだから、当時の競馬ファンからしてみれば、人気が出ても当然だった。

     これだけの人気が出てしまえば、父オグリキャップが果たせなかったクラシック制覇に向けて期待が向けられる。

     ただ、勝ち上がったレースがダート1200mと懐疑的に見られている部分もあるのもまた事実。

     その点に関しては、今後の走り次第で消えていくが、結果次第では短距離馬などと言われてしまうリスクも。

 

    「それなら目標は全日本2歳優駿を目指してローテーションを組んでみましょう」
    「ならば、現時点は10/25に開催される北海道2歳優駿をステップにしてみるのも手か」
    「兵庫ジュニアグランプリもありますからね。その2つの前に500万下のプラタナス賞を使って少しレース感覚を上げた方が良いですね」
    「芝を使いつつ向かうならば、新潟2歳ステークスが一番向かいやすいだろうな」

 

     馬主である名雪と、ラストフローズンの調教師と騎手による今後の話し合いが厩舎内の一室で行われている。

     芝もダートもこなせる走法と騎手が太鼓判を押している状態なので、ローテーションの話し合いはなかなか定まらない。

     万能馬とはどちらも難無くこなせるのが特徴だが、両方がずば抜けて高い能力を持たないと勝ち上がり難い部分も併せ持つ。

     ここまでローテーションが定まらないのはKanonファーム生産馬で万能馬が結果を残していないという事情も。

 

    「エルコンドルパサーの様にダート3戦後に芝のみか、アグネスデジタルの様に芝ダートを挟みつつもありだしな」
    「レースの幅が広がるのは確かですけど、こちらとしては使い難いのが本音ですね」

 

     調教師は本音を漏らすが、名雪はあまり気にした様子は見せない。

     調教師などの本音を聞くのも馬主の仕事であり、ローテーションだけに口出しして馬を惨敗させる訳にもいかないのだから。

 

    「まぁ、次走が決定したら伝えてくれれば良い」
    「お帰りですか?」
    「他の厩舎に顔出しもしなければならないからな。馬主の辛いとこでもあるし、楽しみな所でもあるし、これだけは誰にもゆずれんよ」

 

     名雪はニヤリと本当に楽しげな表情を浮かべ、1ヶ月もすれば2歳馬は特に成長するもので、その変貌振りは馬に関わっていないと分からないのだから。

 

    「また、お待ちしています」
    「ああ、次走が終わった後にまた会おう」

 

     名雪は軽く手を振ってから、他の厩舎に預けている2歳馬の様子を見る為に足を向けていった。

 

 

     Kanonファームの生産馬でまだデビューしていないのは3頭。

     クロフネ×イチゴサンデーのハニーカステラ。

     ステイゴールド×ファイアーワークスのフユノハナビ。

     スマートストライク×フォックスハウンドのサンユベール。

     この中で期待されているのが、フユノハナビとサンユベールとなっている。

     共に秋~冬デビューを目標としており、現在は念入りに乗り込まれている最中。

 

    「サンユベールは半姉のフォックステイルよりも距離に融通が利きそうですね。おそらく芝の方が適正あるので、東京開幕週を目標に仕上げていきます」

 

     姉のフォックステイルと同厩なので比較対象にされやすいが、この母系――フォックスハウンド産駒を唯一、預けている厩舎なので扱い慣れている。

 

    「父はジャパンカップダートでアドマイヤドンを破ったフリートストリートダンサーを輩出しているから、わたしはダート向きだと思っていたが」
    「ダートコースで調教すると、ちょっとジタバタする所があるんですよ。芝ならスムーズな足取りで駆けていく、というのが調教助手の意見です」
    「なるほど……ならば、先程言っていた東京開幕週を期待している」

 

     そういってから名雪は軽く会釈を済ませてから厩舎から離れると、携帯電話を胸ポケットから取り出し、ある番号に電話を掛ける。

     フユノハナビは関西の厩舎に預けているので、残念ながら携帯電話越しで様子を聞く事になってしまう。

 

 

 

    「予定よりもデビューが遅くなりそうか……ステイゴールド産駒だから、馬体重も少ないし、成長を促す必要がありと」

 

     名雪はメモ帳を取りだして、調教師の意見を記入していく。

     女性らしさを醸し出した達筆な文字は自信を露わにしているのが伺える位、丁寧な文字であった。

     飾り気が一切無い革張りの手帳を閉じると、名雪は艶めかしく吐息を吐き出し、今日の疲れを体現するかの様に背伸びする。

 

    「さて、今年の2歳馬も無事に全頭勝ち上がると良いんだがな」

 

     名雪はそう独りごちつつ、木製のベンチから立ち上がり再び歩き始めた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:フリートストリートダンサー……03年のジャパンカップダートを制している。
     注2:アドマイヤドン……芝ダート含めてGⅠ7勝しており、母はベガ。
     注3:スマートストライク……この時点ではまだ代表産駒はフリートストリートダンサーのみ。