東京の夜は眠らない町と言われる程明るく瞬いており、昼間の様な明るさが人の往来も手伝っていた。
多様多種の人々が帰宅する為か、或いは仕事の打ち上げとして夜通し飲みに行く人も居る。
その中で群衆の中に溶け込んでいる2人の女性が疲れた表情をしながら、人混みを避ける様に歩いており、それだけ過酷な仕事が終わったと伺えた。
「……今日も徹夜だったわね」
「毎年、この時期はいつもより忙しいですし、殆ど休日が無いですからまったくといって良いほど酷い労働環境です」
と香里が溜息を吐いて愚痴れば、栞は香里の言葉に相槌を打ちながら、わざとらしく会社を貶しつつ歩く。
それだけ、徹夜が嫌な事を如実に表しており、姉妹揃ってタイミング良く溜息を吐いてしまう。
「こんな美女を徹夜で働かせるなんて、編集長は女性の敵ですっ」
「……自分で言っていて空しくない?」
「私は四捨五入すると30代の姉さんと違って、まだ20代前半だから良いんです」
「へぇ、言うじゃない」
腰に手を当てながら栞は自慢する様に胸を反らすが、その行為は香里の顔に青筋を浮かべさせる行動でしかなかった。
香里は素早く、ヒールを履いた足でギュッと栞の足の甲を踏み抜くと踏まれた本人は身悶えてしまう。
2人の間には5歳の差があるので、どう足掻いても歳の差は埋まらないのだから。
香里は小さく溜息を吐くと、少しだけ涙目になっている栞の全身を見ややる。
栞のスタイルは香里とは正反対のスレンダーでセミロングまで伸ばした髪となっている。
香里と比べると若々しいのは事実なので、香里が溜息を吐いたのはこうした理由があるからだろう。
「……まぁ、良いわ。さっさと帰るわよ」
「飲みに行かないんですか?」
「途中で買って帰る位で十分でしょ」
明日も仕事があるんだし、と香里は付け足すと栞は残念そうに肩を落とすが、明日の事も考えると従わざるを得なかった。
香里と栞が住まう家の中はシンプルで多くの物が置かれておらず、小物と呼べる物は飾られていない。
ただし、本棚には競馬記者らしく競馬に関する雑誌や種牡馬辞典、様々な読本が棚一杯に仕舞われている。
中には栞が撮影した牧場風景の写真集もあり、如何に栞が競馬カメラマンとして成長しているのかが伺える代物。
と、競馬の本で一杯な本棚以外は女性らしい部屋であった。
家の電気と暖房のスイッチを入れながら、香里は栞に向かって訪ねると当然の様に答えが返ってくる。
「そのまま休みたい所だけど、栞は飲むのよね?」
「当たり前じゃないですか。せめて、美味しいご飯を食べながらお酒を飲みたかったんですけどね」
海外から帰ってきたばかりの栞には日本食を食べたくなるものだが、流石に時間が時間だけあって、残念そうな表情浮かべる。
家に帰る時間が少なく自炊する事が滅多に無いので、栞が冷蔵庫を開けても大して食べ物は入っていない。
主に飲料水などしか入っていないので、冷蔵庫を開けた栞は大きく溜息を吐くしかなかった。
「むー、本当に何も入っていませんね」
「一緒に住んでいるんだから、それくらい分かっているでしょう」
香里はそういうと、仕舞い込んでいた酒のつまみを取り出して、栞に向かって放り投げる。
投げ渡された本人は綺麗にキャッチすると、サラミのラップを破って豪快に丸かじりする。
片手には先ほど購入したビールと、先ほど自ら口にした20代前半というのが嘘っぽく見えてしまう。
「ふぅ……生き返りますね」
「そう、良かったわね」
香里も栞と同じく冷蔵庫からキンキンに冷え切った買い置きだったビールのプルタブを開けて口を付ける。
リビングは少しずつ暖かくなっており、冷え切った身体を温めるには適した室温になっていた。
「最近は牧場の取材はしたんですが?」
「していないわよ。コンセプトは近年重賞を勝利した中小牧場だから、大手ばかり勝つから取材先が一切無いのよ」
「最近は重賞勝利していない名雪さんは絶対に拒否するでしょうしね……本当に最近の競馬はつまらないよね」
「……まぁ、資金力のある大手が更に成績を上げようとするのは否定しないけど、中小牧場が努力をしないのが問題ね」
Kanonファームは坂路や新たな調教コースを設立し、他の牧場には提供するなど積極的に攻勢を仕掛けている。
だが、他の牧場はそういう訳にもいかず、ただただ座して強い馬が産まれるのを待つのみ。
2人は酒を飲みながら、競馬を憂いた会話をしつつ夜は更けていった。
結局、飲み明かしてしまい2人は二日酔いのまま出社するというハメになってしまった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。