ここ、日本の中心として栄える東京では喧噪で賑わう中、年明けの変則開催が行われる為、雑誌編集社では切羽詰まっている状況。

     内約は実に単純なもの。

     原稿作成が遅れて居る為か編集者同士の絶叫と悲鳴が混じった様な怒声が響いていたりする状況が続いていた。

     中には端から見れば、経を口に出して読んでいる様な怪しい集団が居るが出走馬の馬名が間違えていないがチェックしている。

     勿論、この部署も人員を総動員して初開催と土日開催の計3日開催に出走する馬の馬名チェックを行っている最中。

     競馬関係者の中では常識の1つ――正月休みは一切無いというのが、ここ競馬雑誌編集社でも変わらなかった。

     そんな中で、1人の女性がパソコンに向き合い必死の形相でコメントを入力しており、タイピングのキータッチ音だけが周辺に響かせている。

     入力している文章は出走する各陣営のコメントで、馬の体調や調教タイムを読者に分かりやすくシンプルな言葉で伝わる様に編集中。

     このコメントは主に調教師や厩務員の重要なコメントなので、向こうの意図と違う事を書いてしまうと陣営の信頼を無くしコメントが取れなくなてしまう。

     なので、慎重に扱う必要があり、この部分を任せられている女性記者は極めて優秀な人物だと分かる。

 

    「美坂。原稿は出来たか!?」
    「後、少しですっ。各陣営のコメント珍味は終わったので、入力を済ませれば完成です」

 

     競馬雑誌を作る記者として、水瀬名雪の幼なじみである美坂香里は競馬に縁があるらしく、すっかりと馴染んでしまっていた。

     だが、それでも締め切り前の状況だけでは慣れていないのか、テンパっており、語気が強くなっているのが証拠。

     目の下には隈を作っており、それだけ過酷な時間だというのが伺える。

     10年前と違い、名雪と同じ位の長さまで髪を切っており、ウェーブヘアは健在。

     香里はキーボードを叩きながら、珍味した陣営コメントを確認しながらドンドンと入力していく。

     そして、最後のコメントを入力し終えると、文章をチェックしてから編集者に文章を送信すると、香里の表情はガラリと変わる。

     その表情は一仕事か終わり、達成感を表したもので張り詰めていた緊張感が四散し、穏やかな表情になっている。

 

    「ふぅ……後は、企画を考えておかないと」

 

     軽く背中を反らし、身体の疲れを解しつつ、企画書案を提出する為に少しずつ内容を考えてメモ帳に入力していく。

     確実に採用される訳でも無いが、こうした企画は数が少なくなっている競馬雑誌が生き残る為には必要不可欠なのだから。

     今や、競馬協会が出版している公式雑誌を除くと、予想会社などが広告を出している状況で、この様にしないと会社が厳しい状況。

     それだけ現在の競馬は売り上げが減少しており、ナリタブライアンの時代がピークでそれ以降は減少し続けている。

     その煽りを食らって廃刊する競馬雑誌が続出し、人気競馬ゲームが発売した時には盛り返していたが、既に影響は微塵もない。

 

    「やはり、過去の名馬を振り返る企画が良いかしら?」

 

     一番、安定して尚且つ、競馬を知らない初心者を取り込める可能性がある企画。

     だが、それだけ手軽な企画なので既に多くの雑誌がやっており、二番煎じともいえた。

 

    「……取り敢えず、案としては候補の1つにしておいた方が良さそうね」
    「相変わらず、お姉ちゃんはオーソドックスな企画を案としますね」
    「お帰り栞。それといい歳をして“お姉ちゃん”は止めなさい」
    「おっと、そうでしたね。それにしても姉さんの企画は相変わらずというか」

 

     栞は他の編集者に挨拶しながら、香里の企画を器用に貶し、競馬雑誌が積み重ねられた自身の机に旅行鞄と中サイズの黒いバッグを机の上に置く。

     黒い鞄から栞が取り出したのはカメラでデジカメの様に小型では無く、プロが扱う一眼レフ。

     パソコンを起動させると、栞はカメラからメモリースティックを取り出し手慣れた様子でスロットに差し込む。

     数秒後には馬と牧場の風景写真が大量に表示され、どれもが躍動感に溢れていたり、のんびりと放牧されていたりする写真が収められている。

     香里は栞のパソコンに展開されている写真を中腰でのぞき込み、一言感想を漏らす。

 

    「馬の写真は相変わらず、躍動感が溢れているのを撮るのが上手いわね」
    「相変わらずとはなんですか。私はプロなんですから、これくらいは朝飯前ですよ」

 

     栞は香里と違って、きっかけは秋子と一緒に撮った馬――イチゴサンデーの写真が栞に一番の影響を与えていた。
     その写真は今でも大切に飾られており、栞にとっては自身の道を決めた物なのだから。

 

    「ああ、そうです。ちょっとこの写真見てくれません?」
    「うん?……栞が撮影してきたのは英国で牧場を設立した倉田氏の所だったかしら?」
    「そうですよ。で、この馬に見覚えがありませんか?」

 

     その写真は1頭の栗毛の繁殖牝馬が仔馬を連れ添って、放牧地を佇んでいるという画になる光景。

 

    「この馬って間違いなく秋子さんが生産したミストケープよね……トレードしたのか一時的に預かっているのか」

 

     長年、Kanonファームに入り浸っていた2人だからこそ、ミストケープを間近で見られたり、写真を見せてもらっていたりしたので記憶に残るのは当然。

 

    「それがですね。現地スタッフに聞いた所、近くにKanonファームがあるみたいなんですよ。取材しようとしたら絶対に無理と言われましたが」
    「間違いなく、その牧場は秋子さん達が経営しているでしょうね。名雪には……教える必要は無いわ」
    「そういうと思いました。秋子さんと名雪さんの生産馬がぶつかり合うのは私も楽しみですから、ここで水を差す訳にはいきませんからね」

 

     お互いに悪巧みする様な表情を浮かべるも、この事は2人が記者とカメラマンになってから名雪の口から伝えられた数少ないお願いなのだから。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ロックオブジブラルタル……父デインヒルらしく短距離G�気鬘系⊂,靴討い襦�
     注2:バーリ……クイーンエリザベス�僑咾覆匹鮠〕�している短距離馬。