夏になり、2歳新馬戦が各地――ローカル競馬で開催されている状況。
この時期になると、新種牡馬の成績やマイナー種牡馬の産駒が活躍するかが見所でもある。
そこから来春の種付け種牡馬を探す指針にもなるので、中小牧場にとってはマイナー種牡馬の活躍を期待したい所だろう。
それでも大抵は高額種牡馬にある程度の人気がある種牡馬が勝利を攫っていくので、マイナー種牡馬産駒の勝利はなかなか恵まれない。
そんな中で異色を放っているのが、Kanonファーム生産馬であるラストフローズン。
父のオグリキャップは既に種付け数は少なく、今年の種付けを最後に引退している状況。
人気と実績面はトップクラスのオグリキャップだが、種牡馬としては同期にサンデーサイレンスが居た為、失敗の烙印を押されている。
大病を患った原因もあるが、それ以降は種付け数が減少してしまったのだから、運が悪かったとしかいえない。
その為、オグリキャップ産駒というのは非常に珍しい存在で、ましてや半兄に菊花賞の伏兵として挙げられているホワイトクラウドが居るのだから。
ラストフローズンは別の意味で注目を浴びている存在であるのは間違い無い。
「良くオグリキャップを種付けしたわね」
「ふん……うちみたいな中小は高額種牡馬なんか、何度も付ける余裕なんか無いしな。ならば、良さそうな配合を探すしか無いだろう?」
「……確かにそうね。やっぱり日高地区は厳しいみたいだけど、Kanonファームは大丈夫かしら?」
「今の所はな。少なくとも赤字経営にはなっていないから、何回も失敗をしない限りは大丈夫だ」
名雪と香里は酒を口にしながら、現状の事を語っている。
香里の名目は取材に近いのだが、どちらかというと取材を嫌う名雪の為に、談話会の様な形式。
その為、敬語を使う様な堅苦しい取材ではなく、普段通りの会話が為されている状況。
「今年のオークスで10年振りのG�祇�覇となったけど、その辺はどうなの?」
「……ウオッカとダイワスカーレットが出走していないから運が良かった、としか言えないな」
「まだ決着は付いていないものね……編集部内でも秋華賞での決着が望まれているわ」
「出るかどうかするかは決定していないんだがな。海外遠征のプランも一応あるのでな」
海外遠征のプランを話すと、ズイッと擬音が付きそうな勢いで香里は身を乗り出してくる。
実際にはプランに過ぎないので、名雪は香里を宥める様に仕向けるが競馬記者である香里には飛びつく情報に過ぎなかった。
「はぁ……格付けはそれ程高くないが、イタリアのリディアテシア賞とかブリーダーズカップフィリー&メアターフにヴェルメイユ賞も考えている」
「また珍しい所を……イタリアはレースレベルが低下している様だし、勝算高そうね」
「祖父がトニービンだからな。血統からしてみれば悪くない結果は残せると思っている。余裕という訳でもないが」
「ああ、確かに祖父のトニービンはイタリアで走っていたわね。そうなるとイタリアの競馬関係者には懐かしい名を披露出来そうね」
あくまでもプランだからな、と名雪は釘を指すが、実現するかはともかく記者としては見逃せない情報であった。
秋華賞に向かう場合はクイーンSかローズSをステップにして、向かうと通常の予定も語る。
現在は放牧されており、2月デビューから3ヶ月でG�気砲覆辰燭里杷_燭鵬疚�なローテーションだったのが分かる。
その為、オークス後は徹底的に馬体重と体調を戻す事を専念したので、現状では、すっかりとガレていた馬体が張りを戻していた。
「後は長時間の牽き運動でゆっくりと馬体重を絞って、最終的には15−15から、徐々にタイムが縮まっていけば厩舎に戻す予定だ」
「なるほど……残暑が厳しいかもしれないからクイーンSも予定に入っている訳ね」
「それとローズSの勝ち馬で秋華賞を制した馬は近年だとエアメサイア位だからな。紫苑Sもステップとしては機能しないのもある」
ローズSからのローテーションは人気だが、勝ち馬よりも余力を残して負けた馬の方が結果を出しているのだから、悩ましい取得である。
馬券を購入している観客からしてみれば、ローズSで余力を残したまま負けて、秋華賞で勝たれる程腹が立つ事はないだろう。
全力でステップレースを勝利して、本番で敗れる様では本末転倒なのだから。
「ん……もう、こんな時間か。最後に今後の目標を聞かせてくれない?」
「今も昔もわたしの目標は変わっていないんだがな……何処の牧場も目標となるダービー制覇は勿論で、超えなくてはならない壁が聳え立っている状況だ」
「ああ、やっぱり……名雪には秋子さんを実績面で超えるのが最大の目標なのね」
「ふん……子供同士が分所で争う事ならともかく、わたしは18の時に牧場を引き継いだからな。そうでもしない限り、親子対決なんか実現しないだろう」
母である秋子に踊らされているかの様に、ここまで名雪は進んできて念願のG�機宗愁�ークスを制覇したが、逆に母の偉大さを思い知った事だろう。
今のKanonファームと違い、数少ない繁殖牝馬に土地も狭く、施設も坂路と直線1000mのウッドコースも無かったのだから。
「……やはり、超えるべき壁は高いな」
名雪は大きく吐息を吐き出して、シミ1つ無い天井を眺めながらボヤいた。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:エアメサイア……母はオークス2着、秋華賞3着のエアデジャヴー。