優駿牝馬。
別名、オークスと呼ばれるこのレースは東京2400m開催される。
何よりも3歳牝馬限定――クラシックの2冠目となり、1冠目の桜花賞から800mも距離延長されるという過酷なレース。
その為、このレースでは実績もそうだが、一番求められるのは何よりも距離適正なのは確か。
だが、どの馬も2400mは未知の領域であり、オークスよりも秋に開催される3冠目――秋華賞の方が距離適正は向いている。
おそらく大抵の陣営はそう考えているのは間違い無いが、ここも全力で狙うのは当たり前だろう。
何せ、大本命と謳われていたダイワスカーレットが直前で出走取り消しの自体に陥ったのだから、どの馬にもチャンスが巡ってきた状況。
そうなると浮上するのは距離適正が適した馬なので、混戦を極まっている状態ともいえる。
どの競馬新聞でもダイワスカーレットの代わりとして、浮上した馬は桜花賞で3着になったトロピカルサンデー。
父がジャングルポケットと日本ダービーを制した実績は競馬記者からしてみれば、最も印を打ちやすい存在だろう。
その為か、打たれている印は以下の様になっている。
◎◎○○▲と大本命ではないが、出走馬の中では本命として1番実力があると見られている。
閑話休題。
刻々とオークス発走時間が近づいており、数万人近い観客が詰め寄っているので季節に合わない熱気が競馬場を包んでいる。
1レースが終わる度に飛び交う罵声や怒声は普段の比較にならない程で、オークスの発走時間が近づく度に、観客の声が多くなってきた。
佐祐理は2つ前の9レース――秩父特別の出走馬に騎乗して、馬場の中央から脚を伸ばしながらも4着に敗れていた。
本日は晴天で芝状態も良好の為、紛れが出にくい状況なので、どの馬も脚を伸ばしやすい馬場。
5枠10番と絶好の枠からスタートを切れるので、佐祐理には選択肢が非常に多く悩ましい状況だった。
内に向かえて、馬場の中央からも走れて、外にも持ち出せる枠からのスタートなのだから。
「さて、どの位置を選択しよう」
検量室に置かれているTVで10レース目のパドックを眺めながら、佐祐理は他の騎手に聞こえるかのように呟く。
オークスの直前レース――薫風ステークスに騎乗依頼が無かった為、他の騎手よりも直前まで思案出来るのは、運が良いともいえる。
リーディング上位の騎手は薫風ステークスに騎乗している者も居るので、作戦を思案する時間が少なくなっているのだから。
「逆に選択肢が多いという事は、最後まで全ての手札を使い切れないと勝てないだろうし」
内枠ならば、最初に出せる手札は内をキープしたまま脚を溜めるという単純ながら、この距離では勝算が高い手札。
逆に外枠ならば、無理を承知で外に振られたままか、或いはワンテンポ遅れてスタートを切って内側に潜り込ませると2つある。
それに比べると馬場の中心寄りでは最初から出せる手札が他の騎手より多い分、選択を誤ると負ける可能性も。
「……切る所を間違える訳にはいかないなぁ」
佐祐理は小さく吐息を吐き出してから、オークス発走時間が近づいてきた為、鞍に重りを入れたりして準備を整え始める。
TV画面には本馬場入場を果たした薫風ステークス出走馬14頭が映し出されていた。
18頭の精鋭がパドックを闊歩し、桜花賞からの出走組は慣れたもので入れ込んでいる馬は皆無。
逆に別路線組は普段と様子が違うと感じ取ったのか、入れ込む馬がチラホラと見かける。
それくらい一般戦と重賞――GⅠでそれもクラシック2冠目では、別次元の世界といえる位観客動員数が違うのだから。
名雪を馬主として証明している勝負服――青と白の縦縞に黒の腕輪となっている勝負服を着た佐祐理は決心したかのような表情。
見つめる先には1番人気に支持されていながら、落ち着いた様子で闊歩しているトロピカルサンデー。
堂々とした動きはGⅠ戦に相応しく、その動きを見て佐祐理は先程の決心をより強くした事だろう。
「さて……頑張りますか。先にGⅠ制覇をした祐一君には負けたくないし」
佐祐理にとっては祐一が先にGⅠ制覇――NHKマイルカップを勝利した事が嬉しくもあり、悔しい事でもあるのだから。
佐祐理は頭を左右に小さく振ると、既に勝負師らしく表情を引き締めて、トロピカルサンデーに騎乗する。
どの騎手も表情は引き締めており、オークスの出走時間が刻々と近づいてきたのが実感出来る。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。