オークス開催直前で、競馬関係者に衝撃が走る。

     大本命とされるダイワスカーレットが感冒――即ち、風邪を引いた事により、大事を取って直前で回避となってしまった。

     本来なら桜花賞でダイワスカーレットの2着に敗れたウオッカが本命になり得るのだが、陣営は来週のダービー出走としているので、混戦模様に。

     実績を残している馬はフローラSの勝ち馬ベッラレイアにNHKマイルカップで鼻差の2着に敗れたピンクカメオ。

     桜花賞で4着や阪神ジュベナイルフィリーズ4着の実績を持つローブデコルデ。

     そして、フラワーCを勝利し、桜花賞でウオッカから2馬身離されて3着に入ったトロピカルサンデー。

     他には忘れな草賞を勝利したザレマが収得賞金を上乗せし、賞金順位で権利を得た馬も。

     ウオッカとダイワスカーレットの2騎が出走不可能の為、混戦気味で尚且つ盛り上がらないといわれても仕方ない。

     それだけ今年の3歳牝馬は上位の実力がずば抜けており、2番手以降はどの馬が最初に抜け出すかで評価が分かれているのだから。

 

    「うーん……チャンスは間違いないんですが、こうなると作戦を練り直す必要がありますね」

 

     トロピカルサンデーに騎乗した佐祐理は最終追い切り――強めの併せで同厩馬をWコースで同厩馬を2馬身突き放し、ラスト1ハロンを11.9で駆け抜ける。

     そのため、代わって1番人気に押されそうなトロピカルサンデーと佐祐理のコンビに注目が集まるのは必然といえた。

 

    「距離に関してはどうでしょうか? 父はダービー馬ジャングルポケットなのでこの距離には不安はないと思われますが」
    「そうですね。その点に関して“不安”は無いです。父よりも子供っぽい所は無いので、気性面は安心していられますよ」

 

     父のジャングルポケットはダービー後に嘶いて、子供っぽさが披露してしまっており、このコメントにより記者会見場は笑いに包まれる。

 

    「あえて言うなら、どの馬も2400mは未知ですから、各馬が怖いのは間違い無いですね。勿論、私は退く気は無いですけど」
    「なるほど……強気の攻めで他馬を圧倒すると?」
    「そう書いて構いませんよ。私は手を抜く事は一切しないつもりなので」

 

     佐祐理の言葉に記者からはざわめきが起こるが、実際に佐祐理は手を抜く事無く、普段から騎乗している。

     その根っこの部分が強引に馬込みを割っている事に繋がっているので、勝てはしなくても見せ場として十分なのだから。

     欧州仕込みの腕を持つ佐祐理だが、こうした部分は腕前関係なく観客を沸かせる気概があるからこそ。

 

    「では、取材時間が過ぎたので、倉田騎手への質問はこれで終わりです」

 

     佐祐理の横で待機していた競馬協会の関係者がそう発言すると、既に取材時間の10分が経過していたので、佐祐理は室内から退出する。

     オークスに出走する低人気の馬に騎乗する騎手も短いながら取材があるので、時間は厳守されているのが現状なのだから。

     とはいえ、この場に居る記者が全員のコメントを聴く訳でもなく、中には佐祐理のコメントが取り終わると同時に同じ新聞社の記者が代わる事も。

 

    「で、実際の所はどうなのよ?」
    「……やっぱり、香里には分かっちゃうか」

 

     そんな訳で、佐祐理がコメントしている最中に抜け出して待機していたのが香里であった。

     記者会見と違い、口調も砕けた感じになった佐祐理だが、あの場にはG�議樵阿覆里派畸覆醗磴ぁ■圍屮�メラも廻っていた。

 

    「距離に関する所でちょっとだけトーンが変わっていたし、吹いているなとあたしは思っただけよ」

 

     佐祐理は他の記者が付いて来ていないかを確認してから、そそくさと歩き出し香里も付いていく。

     少しばかり、お互いに離れたまま歩いて、人がそれ程居ない――オークス出走馬の陣営が居ない場所で独り言の様に佐祐理は話し出す。

 

    「……オフレコでね。正直いうと距離は2000前後が向いているというのが名雪も含めた陣営で一致している見解だね」
    「……母系はマイルから中距離で活躍した馬の輩出が多いけど、アイシクルランスとホワイトファントムがクラシックディスタンスから勝っているけど?」
    「あくまでも、一応だよ。ギリギリこなせるともいえるし、ベストパフォーマンスを発揮するにはちょっと長い位」
    「だから、どっちもつかずな答えだったのね。普段だったらお茶を濁すような返答はしないものね。佐祐理は」
    「まぁ、こうでもしないと勝算が下がりそうだし、私のコメントを読んだ騎手はどう騎乗するか最後まで悩むと思うよ」

 

     佐祐理はそう締めくくると、可愛らしくチラリと赤い舌を出すが、表情は真剣でクラシックとなればこうした所から戦いが始まっているのも事実。

     レース1週間前から作戦を練り、レース直前で最適な答えを選ぶのだから既に情報戦は腹の探り合いから始まっている。

 

    「んー……まぁ、あたしは適当に印を打たせてもらうわ」
    「そうして欲しいな。正直にいうと1番人気にはなりたくないしね」

 

     こうして、佐祐理は記者会見とは違い、香里にはオフレコという条件付きで本音を語ったからかスッキリとした表情になっていた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ベッラレイア……父はナリタトップロード。
     注2:ローブデコルデ……父はコジーン。
     注3:ザレマ……父はダンスインザダーク。