多くの観客が傘を差しながらも冷たい春の雨に濡れながら、これから発走するレースの為にターフビジョン越しで眺めている。
地下道から各馬が現われると同時に雨音が歓声によって、途切れ途切れに掻き消えていく。
1枠1番のアサクサキングスが姿を現わし、次から次へと各馬が地下道から厩務員に牽かれて現われてくる。
本日は東京芝1600mで3歳世代のマイル王決定戦――NHKマイルカップが降りしきる雨の中で開催。
ある程度の馬が重賞制覇しているが、2勝以上制している馬は皆無なので、混戦と競馬新聞で報じられている。
そんな中で1番人気に支持されているローレルゲレイロは8戦1勝だが、2着4回と勝ちきれないが安定した結果が人気の理由。
朝日杯フューチュリティS2着を筆頭にデイリー杯2歳S、函館2歳SとアーリトンCも2着なのだから、人気になるのも納得出来るだろう。
さて、Kanonファームが購入したマル外――フォックステイルは重賞未勝利でニュージーランドロフィー3着で権利を得たので7番人気。
5戦2勝とこれといった成績ではなく、デビュー戦と未勝利戦で東京芝1600mで共に惨敗しているのが低人気の理由だろう。
父のロックオブジブラルタルがマイルで強いとはいえ、産駒数が少ないため評価し難い点も絡んでいる。
そして何よりも評価を難しくしているのが騎手――相沢祐一から沢渡真琴への乗り代わりが影響。
真琴は地方競馬での女性騎手として、“天才”と謳われているが、まだ中央の実績は重賞未勝利だが、最近は川崎競馬所属の馬と共に乗り込んで来ている。
そのため、今年が中央騎乗初挑戦とはいえ、既に41戦6勝を挙げており、ちょくちょく着に持ってくるので関係者からの評価は高い。
ただ、重賞での騎乗はまだ半信半疑と見られているのか、今回のNHKマイルCが重賞初騎乗といきなり大舞台で挑戦となってしまった。
「名雪も結構無茶させるわね」
「ふん……わたしとしてはそこまで厳しく無いつもりだが?」
「G�靴箸�ならともかく、いきなりG�祇錣�向く肝っ玉じゃないと思うわよ」
馬主席ではなく、ゴール前付近で一般客に混じりながら名雪と香里は会話をしているが殆どの観客は馬主である名雪の事に気付いていない。
「わたしもそう思うんだがな……珍しく祐一がお願いしてきたから、意を汲んだ訳だ」
「へぇ……あの相沢君がねぇ。後輩の為に騎乗馬を譲るなんて、名雪の言う通り珍しいじゃない」
「祐一曰く、そこらを経験させるために乗せてやってくれだとさ。祐一もそうやって譲って貰った事があるから、同じように行動したんだろう」
「で、その相沢君は久瀬厩舎のエリシオ産駒に騎乗ね。抽選を潜り抜けたから運良く乗れる馬が居た訳か」
因みに祐一が騎乗する馬は最低人気でオッズは軽く100倍超えと、殆どの観客が勝利するとは思っていない。
完全なお客さんで、どう足掻いても勝てる見込みは無いと評価されているのが実情。
待機所では各馬がゆったりと闊歩しながら、刻々とレース発走時間になるのを待っている状況。
その中では最も硬くなっているのはやはりというべきか、安易に想像出来る真琴だった。
「おーい、真琴大丈夫か?」
祐一は顔面を蒼白させて、硬くなっている真琴に声を掛けるが、上の空なのか返答がない。
そして、ワンテンポ遅れて祐一の声が聞こえたのか振り返る。
「あうー……胃が凄くキリキリする」
「はっはっはっ。そのプレッシャーに埋もれてくれれば俺にもすこーし勝率が上がるからそのままで良いぞ?」
わざとらしく口端を釣り上げて告げる祐一は悪戯する対象を見つけたかの様に自分の利を得ようとしている。
真琴はチラリと祐一が騎乗する馬を見ると、どう足掻いても勝算は無いし、自分が騎乗するフォックステイルには敵わないと踏んだ様だ。
「ふん、そんな最低人気の馬なんか、真琴とフォックステイルが蹴散らしてあげるわよぅ」
「おお、怖い怖い。蹴散らされないように気をつけないとな。真琴、そっちも人気が低い事は忘れるなよ」
「分かっているわよぅ。ただ、8戦1勝のローレルゲレイロには負けたくない」
「そりゃあそうだ。あの成績で1番人気ならこちらでも勝算があるからな。しっかりマークしろよ?」
祐一と真琴は離れて闊歩しているローレルゲレイロを見続けていると、その視線に気付いた騎手が睨み返してくる。
2人は余裕たっぷりで睨み返すと一触即発の状況になるが、輪乗りの時間が終わり、ゲート前に集合しなくてはならない。
――NHKマイルカップ発走まで後3分。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。