春の息吹が感じられる時期――5月になると、各牧場には産まれた仔馬が放牧地を母馬と共に佇んで居たりする。
産まれて1ヶ月近くもすると牧場風景に見慣れてきたのか、放牧地を仲間の当歳馬と駆け回っている馬や当歳馬同士でじゃれている馬も。
まだ、レースのように本能で駆けている訳ではないが、サラブレッドとしての片鱗が見えてくる時期。
その様子は心を洗われたりするものだが、競馬関係者にとって、それは一時期的な物で、どうなるかが見当も付かない事が先に来るだろう。
放牧中に骨折して予後不良になってしまうのも日常茶飯事なのだから、如何に競馬場へ送り出すのが大変だか分かる。
勿論、競馬で結果を出す事でさえ厳しい道のりなので、牧場に帰ってくる事が最も難しい。
「今年の当歳馬は今の所、何もなく過ごせているか」
「先に産まれたフォックスハウンドの07とエアウインドの07が引っ張ると思いきや、タツマキマキマスカの07が最も喧嘩早いですね」
「少し気性が問題ありそうだが、あれくらいの方がレース向けだしな。わたしとしては許容範囲だ」
そこには前脚を高く蹴り上げて、後ろ足二足で立ち上がって当歳馬を威嚇しているタツマキマキマスカの07が。
「……あれと接するのは凄く困難な気がするんですけど」
「蹴られる踏まれる噛み付かれる位の覚悟はしておけ」
名雪は断言するが、鞍を載せる訓練をこなしていく内――人と接する回数が増えれば、変化する可能性はまだあるのだから。
無理に気性を押さえ込むよりも、出来るだけレース方向に導ければプラスになるのは間違い無く、そこまで上手く調整させるかがスタッフに掛かっている。
「基本的な事は一弥に任せるつもりだが、問題無いな?」
「ええ、大丈夫です。この血統の仔馬はまだ担当した事無いので、色々探ってみますよ」
育成時の調教騎乗では毎回担当変更の方針となっているため、その段階に行くまでに担当者がキチンと育成しなければならない。
だからこそ、名雪は実家でも長年経験がある一弥に任せる事を決定したのだろう。
因みに北川は一弥に比べるとまだまだ経験が少ないので、気性難の馬は時々しか任されていない。
「まぁ、数少ないウォーエンブレム産駒だから、期待したいというのもあるがな」
「栗毛で尚且つ小柄の若い牝馬にしか興味示さないのが、運良くタツマキマキマスカに種付け出来て良かったですね」
「だからこそ、この仔馬には血統を繋いで欲しいんだがな」
ウォーエンブレムは大手牧場が亡きサンデーサイレンスの後継として、米国2冠馬でミスタープロスペクター系となっている。
何よりも、ノーザンダンサー系の血を一切持たないのが日本競馬には強みなので、鳴り物入りで輸入された。
だが、結果は一弥が言う通り、特定の牝馬のみ種付け相手として興味を持たないという結果。
その為、種付け数が安定せず、数は増減を繰り返しているといえる。
因みに06年度に種付けして、成功したのはタツマキマキマスカのみで07年度では唯一のウォーエンブレム産駒となる。
さて、今週の競馬はウインドロードが500万下、ハネダニマケナイが未勝利戦に出走する。
共に3ヶ月振りのレースとなるが、寒い時期と避けて調教を重ねていたので体調面はしっかりと仕上がっている。
唯一の懸念材料は久しぶりによるレース勘が鈍っていない事と、入れ込まない事の2つを願うしか無い。
それぞれダートと芝のレースとなっており、適正を睨んだ格好となっている。
ウインドロードが新潟ダート1800mのわらび賞、ハネダニマケナイは京都芝2400mとなっている。
共に距離は前走から延長されているが、どちらも問題が無いだろう。
特にハネダニマケナイは父がナリタトップロードなだけあって、距離延長は歓迎しやすい。
前走は東京芝2000mで惜しくも2着に敗れていたのだから。
結果の方は共に勝ち上がって、無事に昇級を果たした。
ウインドロードは頭差と微妙に追い詰められたが、何とか凌いで5戦2勝とようやく成績が安定しだしたといえる。
そして、ハネダニマケナイは圧巻と言える着差――大差で勝利を飾った。
近年は各馬の実力差があまり無い為、大差はなりにくい中では非常に珍しい結果。
フロック勝ちとも見られてしまうので、ハネダニマケナイは次走が試金石となるだろう。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。