駆ける馬　２部　２６話

　　　　　桜花賞の発走時間が刻々と近づき、待機場で輪乗りをしている騎手達にも僅かに緊張感が走っているのがターフビジョンからでも確認出来る。

　　　　　どんなに強い馬でも、運次第――３歳牝馬という同世代ではどう転ぶかは分からない。

　　　　　牝馬特有の気性で惨敗する事もあり得れば、逆転する余地もあり得るので騎手としては一手一手を丹念に考えている事だろう。

　　　　　上位３頭は強いとはいえ、同じ３歳牝馬なのだから、“突け入る隙はある”というのが他騎手での一致した考えに違いない。

　　　　　だが、３頭に騎乗している騎手達はこう考えている事だろう。

　　　　　“小細工は要らない。真っ向正面から勝負する”と、そんな気迫がターフビジョン越しからでも感じ取れる。

　　　　　そんな中で尤も異端なのは佐祐理だろう。

　　　　　女性騎手としては実績は十分あるのだが、他騎手からしてみれば女性騎手にクラシック――桜花賞を勝たせたくない気持ちが働いているのも事実。

　　　　　そのため、閉鎖された競馬会で風穴を開けるかは佐祐理の腕前に掛かっているともいえる。

　　　　　例え、本人がそんな事を望んでいなくても、他女性騎手からはその様な願望があるのは違いなかった。

　　　　　そして、スターターが赤旗を振るうと同時に阪神競馬場のＧⅠファンファーレが演奏隊によって奏でられる。

　　　　　それに合せて、大半の観は丸めた競馬新聞などを片手にファンファーレを盛り上げる為にリズム良く叩く。

　　　　　その間に各馬はゲートインを行うが、中には嫌がる馬も居て、遅延の恐れもあったが、その後はすんなりと収まった。

　　　　　トロピカルサンデーは５枠１０番と馬場の中心よりからのスタートで、絶好枠ではないが、悪くない枠でもあった。

　　　　　奇数枠からのゲート入りなので、待機時間が短いというメリットがあるので、宥める必要は無かった。

　　　　　そして、大外枠――８枠１８番に本命の一角――ダイワスカーレットがゲート入りを果たし、一瞬の間があって、ゲートが開く。

　　　　「第６７回桜花賞、今スタート！！アポロティアラが絶好のスタートを切りました」

　　　　　フェアリーＳの勝者アポロティアラが逃げの態勢を取ると思われたが、外から５枠９番の馬が先頭を奪う。

　　　　　２コーナー付近からのスタートとはいえ、競馬場全体が響く程の歓声に包まれた中、大きく出遅れた馬は一頭も居ない。

　　　　　ややばらついたスタートになったが、トロピカルサンデーと佐祐理は初Ｇ１挑戦というプレッシャーを押し退けて、好スタートを切った。

　　　　　とはいえ、絶好のスタートではなく、５～７番手辺りと良くも悪くも無いスタート。

　　　　　２番手にはアストンマーチャンが外から固まっていた集団を抜き去って、その後ろにはダイワスカーレットがマークしている様な格好に。

　　　　　そして、本命に支持されており、次走がダービーと注目されているウオッカは中団――９番手付近から進めている。

　　　　　トロピカルサンデーはウオッカを内に入れないようにガッチリと横にくっ付いており、徹底的にマークを行う腹づもりなのだろう。

　　　　　内に入れたらスタミナに余裕を与えてしまうので、佐祐理の判断は間違っておらず、後は何処までトロピカルサンデーが付いていけるかが問題。

　　　　　阪神芝１６００ｍの外枠は中山競馬場程ではないが、４コーナーの角度がきつい為、外枠からのスタートだと内に入れたいのが心情になりやすい。

　　　　　だが、佐祐理も前方に居る馬を避けて、上手く乗らなければ囲まれたままで終わってしまう可能性も秘めている。

　　　　　ダイワスカーレットとアストンマーチャンは悠々と前で走っており、少なくともウオッカよりは楽なのは間違い無い。

　　　　　３コーナー付近になり、どの馬も徐々に進出を始めてきており、ペースも僅かに早くなっていく。

　　　　　残り８００ｍ――４ハロンの間、流石に外で振り回され続けてきたウオッカと騎手は、ここからは前に行く事を優先し始めた。

　　　　　トロピカルサンデーもここまでマークし続けていたので、ここからは無視させて、脚を溜めさせる事に専念させる。

　　　　　有力馬の中で唯一、中団に残ったトロピカルサンデーだが、外を回るような自体にはならないので余力は十分あるだろう。

　　　　　３コーナーと４コーナーの中間付近となり、各馬は先程よりも勢い良く駆けて、先頭集団との差を詰めようと動きだした。

　　　　　先頭は変わらず、５枠９番の馬だが、徐々に上位３頭が差を詰めてきたので脚が無くなっていく。

　　　　　そして、トロピカルサンデーもワンテンポ遅れせた分を取り戻す為、残り６００ｍの時点で仕掛ける。

　　　　　上位３頭は既に射程圏内で、６番手にトロピカルサンデーと後ろから追いかける状況に。

　　　　「さあ、各馬直線に入って最初に抜け出したのは、アストンマーチャンです！！」
　　　　「外からダイワスカーレットとウオッカが並びかける！！」
　　　　「アストンマーチャンはここまでか！？残り２００ｍでダイワスカーレットが躱した！！」

　　　　　既に３頭の決着になると思われたが、トロピカルサンデーが猛然と追い込み、馬体を並びかけるがそこまでだった。

　　　　　ダイワスカーレットがウオッカを置き去って、ゴール前では手綱を押さえる程の余裕っぷりで勝利。

　　　　　トロピカルサンデーはアストンマーチャンだけは破ったが、ウオッカから２馬身離された３着と完敗だった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：アポロティアラ……フェアリーＳの勝ち馬。