3月になり、春の息吹が徐々にだが感じ取れる時期になって、各牧場ではこれから産まれる仔馬の出産準備などのイベントが待ち受けている。

     青々しい牧草が雪解けの土地から芽を伸ばし、その牧草を放牧されたばかりの馬が食んでいく。

     どこの牧場でも見受けられる光景であり、この時期が過ぎると次は繁殖牝馬に種付けを行う必要があるので、休む時間が無いほど忙しい時でもある。

     そして、もう一つはクラシック直前というわけもあって、クラシック制覇しそうな3歳馬の父馬を種付けするのも目標。

     特にダービー馬の父馬となれば翌年の種付け料は値上がりし、その産駒の評価もそれなりに上がるのだから。

     それでも、不受胎という憂い目に遭う事があるのだから、まさに種付けは運次第としかいいようがない。

     閑話休題。

     さて、3月になるとクラシック候補となる馬やクラシックの出走権利を得る為にトライアル出走をさせる陣営が現われたりする。

     クラシック目前というだけあって、この時期の東西トレセンは競馬記者が各陣営に話を聞いたりしているので、必然的に盛り上がりやすい。

     因みに1月と2月に比べるとクラシック候補となる馬はトライアルを勝ち上がった馬が中心とされ、1勝馬では秘密兵器扱いにされる事が多い。

     そんな中でKanonファームの生産馬で、クラシックに進める存在は今の所は皆無といえる。

     OP馬どころか、2勝馬も居ないので格上挑戦で無理に権利を得る必要があるのだから。

     因みに3月初めにバックドラフトが新馬戦に出走し、まだ成長途上らしく中団から脚を伸ばしたのだが、ジリジリと伸びて5着に敗れていた。

 

    「さて、トロピカルサンデーの今後だが、ローテーションは4つ」

 

     ここはトロピカルサンデーが所属している厩舎で、この場には名雪と調教師、佐祐理の3人が今後のローテーションについて話し合っている。

     名雪は指を3本立てて、1つずつレースを口にしながら折りたたんでいく。

     ――チューリップ賞でウオッカとダイワスカーレット相手で権利取り。

     ――阪神ジュベナイルフィリーズで2着になったアストンマーチャン相手にフィリーズレビューに出走。

     ――フラワーCで勝利して取得賞金を上積みによる桜花賞の出走権利。

     ――強豪馬が一切出走しないアネモネSから確実に権利を取る。

     トロピカルサンデーが確実に桜花賞を狙うなら、この4つのローテーションが1番現実的。

     500万下を勝利して抽選という最後の手段もあるが、これは登録頭数が多い程抽選突破の可能性が低くなってしまう。

     故に名雪は抽選による出走権利は頭から考えていないだろう。

 

    「桜花賞は良いとして、オークスも目標に含むんですよね?」
    「ああ、わたしとしてはそっちも目指してもらいたい」

 

     オークスの2400mは未知で過酷な距離には間違いないが、血統からして可能性は秘めている。

     父はダービーを制したジャングルポケットで、母はサンデーサイレンスの血を引くイチゴサンデーなのだから。

     間違いなく、桜花賞よりもオークス向きの血統なのは確か。

 

    「結構、厳しいローテーションになりそうですけど、大丈夫ですか?」
    「わたしはその点に関しては一切心配していないが」
    「私も名雪と同じ考えだね。まだ1戦目だし体力には余裕あると思う」

 

     名雪と佐祐理は一切心配しておらず、調教師だけがローテーションに不安を抱いている。

     とはいえ、トライアル戦後に体調を崩す可能性もあるので、細心に調教を進めなければならない。

 

    「では、どのローテーションを目指しますか? 水瀬社長の仰る通り選択するならその4つが現実的ですし」
    「チューリップ賞はちょっと所か凄く厳しいと私は思うな。ウオッカとダイワスカーレットが間違いなく最大の敵になるのは確実だし」
    「その2頭は現3歳世代でトップクラスといわれているからな。前哨戦でぶつかるのは避けたい所だ」
    「そうですね。何せトレセン内では牡馬よりも強い牝馬とかいわれていますし、勝負を避ける陣営も多い位ですよ」

 

     ウオッカは阪神ジュベナイルフィリーズでアストンマーチャンを破り、チューリップ賞の前にエルフィンSを勝利。

     逆にダイワスカーレットは11月デビューと遅かったが、2000mの新馬戦と中京2歳S、シンザン記念と3連勝中。

     シンザン記念では牝馬ながら素質馬のアドマイヤオーラを破って、初重賞制覇となっている。

     そんな強豪相手に1戦1勝のトロピカルサンデーをぶつけるのは得策ではない。

 

    「そうなると……フラワーCで距離延長をこなすか確認した方が良いか」
    「そうですね。血統的には楽に2000m前後はこなせるでしょうが、1回は長い距離を走らせないとオークスは厳しいでしょうね」
    「フィリーズレビューだと新馬戦と同じ距離になって、距離適正が計りにくいからね。私はその案に賛成」

 

     3人とも距離適正を計りたいという理由が一致し、トロピカルサンデーのローテーションはフラワーCから桜花賞と決定した。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ウオッカ……父タニノギムレットの初年度産駒で、初年度産駒ながら阪神ジュベナイルフィリーズを勝利。
     注2:ダイワスカーレット……父アグネスタキオンで、実際にはシンザン記念は2着である。
     注3:アドマイヤオーラ……母はビワハイジで父はダイワスカーレットと同じくアグネスタキオン産駒。
     注4:アストンマーチャン……この時点で小倉2歳SとファンタジーSを勝利している。