今週の競馬は東西で2つの重賞――3歳クラシックでの登竜門として人気のきさらぎ賞、ステイヤー達が集う3400mの長馬場ダイヤモンドS。

     ダイヤモンドSの方はここで初重賞を狙うような晩成型の馬が多く出走し、ステイヤーズSと万葉Sで連続2着のトウカイトリックが1番人気。

     そして、きさらぎ賞には新馬戦を8馬身差で圧勝した素質馬と謳われているオーシャンエイブスが圧倒的1番人気に支持されている状況。

     重賞の前日とはいえ、オーシャンエイブスの人気は2年前の3冠馬――ディープインパクトを彷彿させる人気。

     既にクラシック制覇をする逸材などと競馬雑誌や新聞には記載されており、期待されているのが良く分かる。

     閑話休題。

     重賞の方も――特にきさらぎ賞のみが盛り上がっている状況だが、前日の東京芝1400mの3歳未勝利では一人の騎手が中央騎手としてデビューする。

     その騎手は相沢祐一。

     本来なら1月中には中央騎手としてデビュー出来る算段だったのが直前の斜行で1000勝目を目前とした降着はネタとして競馬雑誌などに掲載されている。

     そのため、ある程度の競馬ファンには既に名が売れているようなもの。

     そして、もう一つは女性騎手――倉田佐祐理の結婚相手として、佐祐理のファンから恨まれているともいえる。

     才色兼備で容姿端麗の女性騎手である佐祐理の夫なのだから、ファンから目の敵にされてしまうのは仕方ないだろう。

     さて、そんな祐一が騎乗するのは10頭立て7番人気のエリシオ産駒。

     既に2歳の10月から5戦も走り続けている未勝利馬で、殆ど見せ場もなく敗れている馬。      前走では上手く展開が嵌ったのが良かったのか、その時の4着が今までの最高着順。

     そして、1番人気にはこれが初出走ながら血統と調教タイムの良さが買われた馬――トロピカルサンデーが経験馬相手を前にしても堂々としている。

 

    「ったく、よりによって佐祐理さんが騎乗するレースが俺の移籍後初レースか。これは嫌がらせか? 久瀬」
    「まさか。偶然に過ぎないよ。なかなか君の騎乗依頼が集まらなかった中で依頼をした私に感謝して欲しいものだ」

 

     実際に祐一は他の地方から移籍した騎手に比べると地味な存在なのは疑いようもなく、中央での実績はガーネットSのみなのだから。

     ふん、と久瀬と呼ばれた厩務員はそっぽ向くと、祐一は舌打ちをする事で返事をする。

     端から見れば仲が良いのか悪いのか良く分からない2人だが、今はレース前という仕事中なので、これ以上無駄口は叩かなかった。

 

    「で、こいつの脚はどんなもんなんだ?」
    「真面目に走る分、長く脚を使えて逃げるのも可能だし、馬込みも大丈夫なんだが、走るのが下手といえるな」
    「前走でようやく走るのがまともになった感じか」
    「君の言う通りだ。そろそろ勝てる可能性が出てきたので、ここらで穴を開けて欲しい」
    「簡単に言いやがって……まぁ、佐祐理さんと名雪のコンビを負かせてみるのも良いか」

 

     Kanonファーム生産馬のトロピカルサンデーに騎乗するのは佐祐理なので、祐一にはある意味やり難い相手だろう。

     だが、騎乗依頼をされた分、しっかりと結果を出さなければならないのだから。

 

 

     祐一は本馬場入場を済ますと待機所で馬を輪乗りさせながら、レースに最も適した作戦を考え始めた。

     どの騎手も祐一と同じように考えており、如何に手札を多くして最後に切るかが鍵。

     そんな事を考えていると、佐祐理が祐一の考えを遮る様に馬を接近させて話しかけてきた。

 

    「祐一君とレースするのは久しぶりだね」
    「覚えている限りでは競馬学校での模擬レース戦依頼だったな……中央でもそれなりに騎乗しているのに不思議と縁が無かったな」
    「そうだね。今日は名雪と一緒に祐も見ているし、全力で勝負してね」

 

     そして、レース発走時間となり、お互いに会話を打ち切ってゴーグルで表情を隠してゲート前に近づく。

     各馬がゲートに収まり、スタートが切られると真っ先に飛び出したのはトロピカルサンデー。

     未出走馬らしからぬ落ち着きでスタートから軽快に逃げの態勢で走っており、2番手に3馬身程度の差を付けている。

     祐一が騎乗する馬は中団辺りの馬群に包まれている状況だが、リラックスした状態なのか、馬込みの中でも慌てることなく駆けている。

     ここでトロピカルサンデーは佐祐理に導かれて息を入れる為に、2番手の馬との差が1馬身程度に縮まった。

     その隙に2番手の馬が行く気になったのか騎手を逆らって、先頭に躍り出てしまう。

     元からトロピカルサンデーは逃げ馬ではなく、調教時からスタートが抜群に上手いタイプだったので、逃げ馬を差し置いて逃げていたのみ。

     これで現在、逃げている馬は自滅した様なもので実質9頭立てになった。

     するとペースは必然と速くなってしまい、まだまだ余裕がある後方の馬がトロピカルサンデーの首を狙う。

     1400m戦と距離は短いが、東京の直線は長いので仕掛け所を間違える訳にもいかないので、ジワジワと他馬が動きだす。

     3コーナーを回った辺りで暴走していた先頭の馬が徐々に勢いを無くして、垂れ下がって来た。

     それを横目にトロピカルサンデーが再び先頭に立ち、勢いをキープしたまま直線に入る。

     馬群に包まれていた祐一の騎乗馬は外に持ち出されて、早め早めに仕掛けられていく。

     元からバテにくい凱旋門賞馬のエリシオの血統が為せる業で、ズブいながらも徐々に脚を伸ばして7番手から5番手に浮上。

     だが、トロピカルサンデーの勢いは一切変わらず、ドンドンと突き放してしまい、2着馬に4馬身の差を付けて圧勝。

     2着には祐一の騎乗馬がギリギリに伸びて、3着馬を頭差だけ交わした所がゴールだった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:トウカイトリック……父はエルコンドルパサー。
     注2:オーシャンエイブス……父はマヤノトップガン。
     注3:エリシオ……3歳馬ながら凱旋門賞を制している。