ゴロゴロ、と擬音が付きそうな勢いで1人の女性がベッドの上で悶えている。

     枕元には年頃の女性が読む様な物ではない雑誌――競馬雑誌が何冊も傍に置かれている。

     そして、何度も同じページのみを読み返したのか、一部のページはボロボロになっていた。

     その内容は“川崎競馬の天才女性騎手”と大胆的な文字で中山競馬場に初参戦し、2戦2勝の成績を収めた事が書かれていた。

     本来なら川崎競馬場という地方が災いして、どれだけ成績を重ねても地方競馬誌にしか掲載されなかったのだから。

     ただ、まだ中央に参戦して2戦しかしていないので、雑誌によって早計な競馬記者が書き上げた様な物だと分かる。

     それだけ、売り上げが減少している現在の競馬では人気が取れそうな人馬の発掘が望まれていた。

     そう、少し前まで負け続ける事で人気になり、“アイドル”として扱われていたハルウララの様に。

     昔よりは地方競馬出身の馬もそれなりに血統が良くなったので、地方馬が中央競馬で太刀打ち出来る状況が多くなっている。

     だが、なかなか騎手の方は一部のトップクラスを除くと殆ど名が知られていないので、この様に自分の名が登場するのは真琴にとっては初めての事。

     なので、先程からベッドの上で転がり回っているのであった。

 

    「ふふん、これで真琴も有名人よぅ」

 

     一応、中央競馬の観客には自分の名刺――万馬券という大金がつく物を2戦ともプレゼントしたので、有名にはなっただろう。

     後は積極的に遠征して、重賞やG�気之覯未鮖弔擦譴价亙�競馬という枠から飛び出す事が出来るのは確実。

     真琴がベッドの上で転がり回っていると、唐突にノック音が控えめに響き1人の女性が顔を覗かせる。

 

    「真琴、肉まん食べます?」

 

     香ばしい匂いを発する肉まんが入った紙袋を女性がカサカサと音をさせると、真琴は頷く。

     赤毛の女性は真琴とは違い大人しい雰囲気を持ち、奥ゆかしいさを醸し出している。

     派手さが無く落ち着いた色のセーターとロングスカートを着ており、健脚美を見せ付ける様にミニスカートの真琴とは対照的。

 

    「ありがとう、美汐」

 

     真琴は差し出された出来たて熱々の肉まんを何度も持ち直してから喜色満面でかぶりつく。

     美汐と呼ばれた女性はこの厩舎を経営している天野啓治の1人娘であり、厩務員ではないが家計の手助けを行っている。

     ある意味、賞金が少ない地方競馬の自厩舎を支えているので、馬の扱いは下手でも美汐のお陰で回っている様なものだった。

     そんな美汐は真琴が美味しそうに肉まんを食べているのを微笑みながら眺めており、その表情は慈悲が込められたものだと一目で分かる。

     真琴は1つ目を食べ終わると、物欲しそうに紙袋に入ったまま置かれている残り1つを食べたそうな表情で美汐を上目遣いで見る。

 

    「ええ、良いですよ。でも体重は大丈夫ですよね?」
    「あう……だ、大丈夫よぅ。一応、鞍などと一緒に計れば極端な低ハンデじゃない限りは乗れるわよぅ」

 

     真琴も騎手の端くれなので体重にはキチンと気を遣っているが、美汐はこういう所は抜け目なくしっかりとチェックするのであった。

     厳しいというよりは小言をいう母親の様なもので、男手ばかりの天野厩舎では美汐には誰も頭が上がらないのが実態。

 

    「それなら良いですけど、前の様に斤量ミスにはならない様にしてくださいよ?」

 

     過去には斤量ミスで暫くの間は騎乗停止になり、評価が落ちた事があるので真琴としては触れないで欲しい所だろう。

     しかし、今は目先にある肉まんの方が大事なのか、その事は右から左へと聞き逃して2つ目の肉まんにかぶりつく。

     そんな真琴に対して溜息を吐いてしまう美汐だが、元からこうなる事を予測していたのか、何も口にはしない。

 

    「それにしても、真琴がこうして競馬雑誌に掲載される様になるとは思っていませんでした」
    「あうー……酷いよ。美汐」

 

     美汐はそこらに置かれている競馬雑誌を手に取って、パラパラとページを捲りながらそんな事を呟く。

 

    「過大評価にならないと良いのですが」
    「大丈夫よぅ。真琴は天才で、これくらい書かれているのが当たり前なんだから」

 

     胸を張るポーズをしながら、真琴は自画自賛してしまう。

     それだけ、天才と呼ばれた事が嬉しいのか喜色満面の表情になっており、対極的に美汐は何とも言えない表情になっている。

     過去には佐祐理が天才と呼ばれていたが、当の本人は嫌がって天才の敬称を付けた競馬記者には取材拒否をする程の状況があった。

     そのため、佐祐理を天才と呼ばない事になっているのは暗黙の了解であり、新たなターゲットになったのが真琴というのが実情。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。