春が近づいてきたと感じられる風景が関東では見受けられる時期になってきたが、北海道ではまだまだ雪が残っている箇所も多い。

     さて、この時期といえば各繁殖牝馬の出産時期であり、どこの牧場もこの季節は忙しく、悲喜交々に明け暮れる牧場も。

     そして、繁殖牝馬の発情が近くなれば種付けをさせる為に、馬運車を手配して移動する必要があるので、この時期は24時間態勢で馬を観察しなければならない過酷な時期なのだから。

     全てが上手くいった時には喜びもひとしおとしか言い表せない。

     Kanonファームも例から洩れず、この時期の忙しさを毎年ながらの日常として、対応していた。

     ただ、今年は重賞馬の出走も多いので、調教師との対応などもあるので休む時が無い。

     そして、今年の種付けではフォックスハウンドかフォックステイルにディープインパクトを付ける予定なので、慎重に事を運ぶ必要がある。

     2年目なので価格は下がったとはいえ、1000万の種付け料はKanonファームでは滅多に種付けされる事はないのだから。

     種牡馬を見る目があるのか、種付けした後に値段が上昇する事は多いので、ディープインパクトも成功する可能性が。

 

    「さて、ディープインパクトの種付け相手だが、どちらにするべきか」

 

     大手牧場であれば、2頭ともディープインパクトを種付けする余裕はあるが、Kanonファームは以前よりも余裕はあるとしても、他の牝馬に宛がう種牡馬に幅を持たせる方を選択するのだから。

 

    「どちらに付けてもノーザンダンサーのインブリードが発生しますね。特にフォックステイルは6×5×5×7と濃くなってしまいます」
    「そうなるとフォックスハウンドの方がまだ種付けしやすいか。ただ、フォックステイルの方が若いから、活力がもたされる可能性があるな」

 

     どちらも一長一短があるので、簡単に決定は出来ない。

     唯一言えるのはどちらもサンデーサイレンス系の血を一切持たないので、現在の日本競馬では影響を受けにくい血統という事のみ。

     名雪とスタッフのやり取り通り、世界中に血が広まっているノーザンダンサーの影響が出るのは仕方ない所だろう。

 

    「……さすがにノーザンダンサーのインブリードが多すぎると厳しいか。フォックスハウンドの方に種付けという事にする」

 

     こうして、ディープインパクト×フォックスハウンドの配合が決定となり、後は種付けを行い、上手く種が止まるのを祈るのみ。

     何せ、不受胎でも1000万支払う必要があり、フリーリターン制度が無いので、不受胎の場合は一切お金が返ってこないのだから。

     中小牧場にはこのクラスの種付けは大イベントに近いので、失敗出来ないという方に思考が傾いてしまう者も多い。

 

    「来年にディープインパクト産駒がデビューする前の種付けだし、価格は意外と安く収まったが、果たして種牡馬として成功するかどうかだな」
    「初年度はともかく、サンデーサイレンス産駒の種牡馬は2年目か3年目に実績が出やすいですから、フォックスハウンドに付いたらの話になりますが、時期的には丁度良いはずですね」
    「そうなると良いが、まずは種付けが一発で止まってくれる事を期待する」

 

     他の繁殖牝馬に付ける種牡馬に関しても話し合いは行い、数時間後にはあくまでも予定となるが、種付け相手が決定した。

     ディープインパクト×フォックスハウンド。

     ケイムホーム×フォックステイル。

     ローエングリン×トロピカルサンデー。

     グラスワンダー×イチゴサンデー。

     サウスヴィグラス×エアウインド。

     シニスターミニスター×スノーラビット。

     チチカステナンゴ×ファイアーワークス。

     トワイニング×タツマキマキマスカ。

     この様な配合で繁殖牝馬の相手が決定した。

     この中で新種牡馬はチチカステナンゴでフランスのパリ大賞を制しており、産駒に去年フランスダービーを制しているなどの実績を持つ。

     父系はコジーンなどを輩出したカロ系であり、日本競馬には馴染み深い血統の為、馬場への適用は高いと予想されている。

     ただ、今の馬場と当時の馬場は全然違うので、今ではカロ系といえど、やや重い血統として見受けられるかもしれない。

 

    「さて、今年の種付け相手も決定した事だし、後は産まれていない当歳馬が産まれるのを待つのみか」
    「こればかりは、繁殖牝馬次第ですからね。こちらとしては早めに産まれて欲しい所ですよ」

 

     どこもそうだが、産駒が産まれるまでは馬房の横にある待機室で、2人ずつ待機しているので、非常に負担が掛かる。

     大手となれば、各馬房に監視カメラが設置されており、待機室で確認しながら待機出来るので余分な移動が少なくて済む。

     ただ、それは繁殖牝馬の数が多い大手だからであって、多くの繁殖牝馬を持たない中小牧場ではコストパフォーマンスが悪い。

     現時点では、あまり繁殖牝馬を置かないKanonファームでは不要に近いといえるだろう。

 

    「悪いが、繁殖牝馬の確認は頼んだ」
    「大丈夫ですよ。この時期は手当が増えますし、走る仔が産まれれば悪い事は何もありませんから」

 

     分かりやすい態度で示すスタッフだが、名雪にはそれ位の方が良いと思っているのか、それ以上の言及は無かった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。