サンモリッツ大賞。

     空は雲一つ無く好天といった天気が相応しい程だが、気温は2月のスイスと言うべきか、マイナス気温に達している。

     吹き乱れる寒風がサンモリッツ湖の雪を舞上げて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

    「……幻想的なのは良いんだけど、寒すぎるのよぉ」
    「貼れるホッカイロで凌ぐしかないな」
    「2分少しの騎乗とはいえ、ホッカイロで凌げるかしら?」
    「普段使っているホッカイロなら大丈夫だと思う」

 

     前走の愛知杯に続いての手綱を握る真琴は、調教時も同じ事を呟いていたがレース時にはジャンパー類は着る事が出来ないので、ますます寒がるのは仕方なかった。

     真琴と厩務員の会話は色気の無いありきたりな会話だったが、肩を張らない普段の会話なので、程よい緊張感が真琴を包んでいる事だろう。

     その為、他の騎手も同条件なので祭りとなるサンモリッツ競馬を楽しみつつ、結果を残す事が最善。

     さて、サンモリッツ大賞には日本馬のフユノハナビが出走となるが、やはりと言うべきか、人気は殆ど無いに等しい。

     初の氷上競馬となるので、記念出走らしく感じる所は仕方ないのかもしれない。

     実績面もG�靴琉γ稜佞鮴�したのみで、G�欺仭�の実績すらないのだから。

     とはいえ、冬の成績がずば抜けているので、最低人気は免れているといった所。

     人気になっているのは独ダービー2着などの実績を持つ欧州馬で、この時期の欧州競馬は開催されていないので、ここを使う欧州馬は多い。

     そんな中で唯一の日本馬がフユノハナビ。

 

    「距離2000mなのは全然問題ないから、如何に舞い上がる雪を被らない様にするかが鍵ね」
    「枠は1枠だから上手くスタートを切って、5番手付近からの競馬が良いかも知れないが、乗り方は任せるぞ」

 

     前走の愛知杯で12番人気ながら、1着に持ってきた真琴の腕前を信じたのか、調教師は作戦の内容は真琴に任せたようだ。

     雪上の為、ダートとはまた違った勢いで雪が舞い上がり、馬群の中では視界が効かなくなってしまう。

     その為、先行して尚且つ雪を被りすぎないように外目に出す必要があるので、スタートの失敗は許されない。

     追い込みの場合、距離ロスを無くす為に内を通るのが正解なので、向こう正面まで雪を被りつつ、我慢しなければならない。

 

    「ま、やれる様にやってみるわ」

 

     真琴は初の氷上競馬となるが、あっけからんとした表情で言い切る。

     首に掛けていた普段と違うゴーグル――スキーやスノーボード用に使われる黒いフェイスマスクが勝負服と相まって妙なアクセントになっており、その言葉もあって、実力がある騎手を思わせる。

     ただ、実績はまだまだ一流には遠い事は付け加えておく。

 

    「まぁ、これだけ緊張していなければ大丈夫だろう」

 

     各国の馬主との会話が終わったのか、名雪は防寒がしっかりと効いたジャケットを羽織りつつ、厩舎の一角にやってきた。

     さすがに国際レースなだけあって、名雪の身だしなみは浮きすぎないように派手さは控えめで尚且つ、防寒を意識したもの。

     真琴も光る素材はあるが、この場では流石に名雪の方に分があり、年期の差があるといった形だろう。

     名雪は真琴の傍に近づいてから、手袋越しに軽く華奢に見えながらも、筋肉質でガッチリしている真琴の肩を叩く。

 

    「こんな楽しいレースは滅多に乗れないから、楽しんで乗ってこい」

 

     名雪は簡潔でプレッシャーをかけすぎないように、柔らかい言葉で真琴を送り出す。

     真琴はその言葉に釣られて、力強く頷き返事をするのみだった。

 

 

     さて、他陣営は外人騎手でトップクラスの騎乗が多く、ただのお祭りではない。

     そんな中では地方である程度の実績と、中央でそれなりの結果を残している真琴では無名の存在。

     技量も何もかもトップクラスの相手に、真琴は何処まで食い下がれるかが鍵であり、全部を出し切れば僅かでも勝算が上がるかもしれない。

     そして、全頭がゲート内に収まり、スタートが切られる。

     馬が四肢を繰り出し舞い上がる雪が視界を遮るように舞い散り、観客席からでは、幻想的に舞う粉雪の中を馬が駆けているようにしか見えないだろう。

     フユノハナビは真琴の好判断により、スッとスタートを切ってから普段の脚質――差しとは違い先行となり、3〜5番手辺りに付けて雪を被りすぎ無い位置。

     やや外に持ち出したい所だが、ガッチリと横に他馬が居るので外には出せない状況。

     欧州競馬らしく馬群が固まった状況の競馬なので、真琴は狭い所を通す技術と度胸を見せ付けなければ勝ち目すら無い。

     鐙が接触する程、馬体を寄せられているが真琴はしっかりと身体を小さくして、バランスを崩さないように膝を上手く使い、接触を跳ね返す。

     小回りの為、道中は内枠を生かした積極性を出して、お互いに譲らず駆けていく。

     前との差は2馬身程度だが初の氷上という事もあり、真琴は他馬を無視して先頭の馬を捕らえに行く。

     残り距離は1000m程もあるが早々と仕掛けて、押し切る算段だろうが、後方の馬も雪を駆け割って、猛然と上がってくる。

     直線も短く、雪上ではダート同じ位のスタミナを消耗するので、ここからは脱落したら終わりだろう。

     真琴は何とか、最終コーナーに入る直前に外に持ち出して、一気に先頭に立つと言わんばかりのフユノハナビを追い通すが、そこまでだった。

     直線の入り口で先頭に立ったが、後は中団に付けていた馬に躱されていって、真ん中辺り――8着でゴール。

     やはりというべきか、欧州競馬には1歩足りない結果になってしまった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。