ジャパンカップに出走したトロピカルサンデーは15着と見せ所が無く、惨敗となってしまった。

     このままでは有馬記念に出走は厳しい――他馬の出走枠を潰すのは確実なので、ジャパンカップの翌週に引退となった。

     4歳一杯で11戦5勝2着1回3着1回の成績だが、主な勝ち鞍はオークス、ヴィクトリアマイル、リディアテシオ賞、フラワーカップと濃い内容。

     デビュー戦の未勝利を勝利後にフラワーカップに格上挑戦し、あっさりと勝利するとクラシックの軌道に乗ったという経歴が輝く。

     同期にはウオッカとダイワスカーレットが居るので、最上位の評価にはならなかったが3番手としては十分な実績だろう。

     もちろん、繁殖牝馬としても期待出来るのだが、ジャングルポケット×サンデーサイレンス×ノーザンテーストといった流行血統の詰め合わせ。

     ミスタープロスペクター系との配合が一番し易そうだが、来年の新種牡馬次第だろう。

     キングカメハメハとの配合が一番良いかもしれないが、先を見据えると更に血統の行き詰まりが出てきそうな所があり得る。

     即ち、トロピカルサンデーの種付け相手には次世代を見据え、緩和剤となり得る血統の馬を付けなければならない。

     セリ市に仔馬を出す分には問題無いかもしれないが、Kanonファームはオーナーブリーダーであり、売り出す事は滅多に無いのだから。

 

    「うーん、これで引退なのは残念だなぁ。牝馬路線だったら来年でも期待出来そうだけど、当初の予定もあるから仕方ないね」

 

     佐祐理はトロピカルサンデーの主戦として乗り続けていたが、予定を知っていても引退となるのは残念なようだ。

 

    「本来の予定だと有馬記念の後に引退だったが、これだと流石に出走させるにはいかないだろう?」
    「ただただ、回ってくるだけになるからね。それだったら引退を選択した名雪の判断は間違っていないと私は思うよ」

 

     佐祐理は、産駒に乗せて貰う事もしっかりと口にしておく事も忘れずに行う。

     名雪は苦笑いを洩らしつつも、確約という訳にはいかないがと前置きをして、約束を取り付けた佐祐理の判定勝ちとなった。

 

    「まぁ、走る馬が確実に輩出されるとは限らないから、良さそうな馬が出たらになるがな」
    「それでも初めての産駒は私が乗りたいけどね」

 

     騎手としてのプライドなのか、今まで手掛けて来たトロピカルサンデーは自分の馬という意思がヒシヒシと感じられる。

     佐祐理にとっては今まで騎乗した馬の中ではダントツの成績を上げた馬なので、産駒も手渡したくないのも当たり前の感情だろう。

     今でも佐祐理は重賞制覇をちょくちょく達成しているが、GⅠを3勝もしたのはトロピカルサンデーだけなのだから。

 

    「……分かった分かった。初産駒も考えておく」
    「ありがとう。これで先の楽しみが出来て良かったよ」

 

     こうして、佐祐理はトロピカルサンデーの初産駒も騎乗依頼の約束を取り付けた事になった。

 

 

     12月となり、残りの競馬開催期間も4週間と年末に向けて、リーディング争いやJRA賞を狙う陣営も出てきた。

     既に最優秀3歳牝馬はサンユベールで確定したようなもので、桜花賞、秋華賞とエリザベス女王杯のGⅠ3勝をしているのだから。

     これで満票じゃないとしたら、オークス馬のエフティマイアに票が僅かに流れた時だけだろう。

     逆に最優秀3歳牡馬はNHKマイルカップと日本ダービーを制し、天皇賞・秋3着、ジャパンカップ2着のディープスカイ。

     皐月賞とマイルチャンピオンシップを制し、天皇賞・秋で4着のラストフローズンとの争いである。

     共にクラシック路線を1勝ずつ勝利し、マイル路線も1勝しているという共通点があり、選考は難しい所と思われる。

     対古馬実績はラストフローズンが3戦1勝で分はあるが、天皇賞・秋とジャパンカップで3着と2着を加味出来るディープスカイという見方も出来る。

     ただし、投票者はベテランの競馬記者なので、血統的な見方ではオグリキャップの血を持つラストフローズンに投票される可能性も。

     競馬を盛り上げたという意味もあるので、ややラストフローズンの方が有利だろう。

 

    「有馬記念で善戦すれば、ラストフローズンが確実に最優秀3歳牡馬は取れると思うんですけどね」
    「名誉の為に使うのもありかもしれないが、今秋は古馬戦を3回も使ったからな。肉体的の疲労は取れても、精神的な疲れは取れていないかもしれない」

 

     名雪がキッパリと出走させないという意思を出すと、調教師も納得しており、来年に向けた方がお互いに有益だというのが分かっているからこそ、暗黙の了解だった。

     この厩舎はリーディングを狙える位置に居る訳ではなく、ベスト10に入っている状況なので、今から順位を上げるのも厳しい。

     Kanonファームも今年は大躍進したが、流石にトップの大手に届く程の戦力は無いので、こちらもトップ10前後が精一杯。

     既にリーディングは決した状況なので、無理に出走をさせたりする必要はないだから。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。