駆ける馬　１９８話

　　　　　――１９９２年度中央競馬は全て終了した。

　　　　　今年の古馬中長距離路線は混迷であったと一言で言い切れるほど、それぞれのＧⅠ勝ち馬が変化していった。

　　　　　上半期は天皇賞・春は順当に長距離王者のメジロマックイーンが制したが、宝塚記念以降は非常に展開が読めない結果に。

　　　　　天皇賞・秋：レッツゴーターキン。

　　　　　ジャパンカップ：トウカイテイオー。

　　　　　有馬記念：メジロパーマー。

　　　　　これが下半期の古馬中長距離ＧⅠの結果であり、今年はＧⅠを２つ制覇したのが低人気のメジロパーマーなのだから競馬は分からない。

　　　　　天皇賞・秋はメジロパーマーが超絶ハイペースで引っ張り、このレースで復帰したトウカイテイオーはダイタクヘリオスと２、３番手で争う形に。

　　　　　その結果トウカイテイオーは７着に敗れ、レッツゴーターキンが鋭い切れ味を発揮して差し切り勝ちを収めた。

　　　　　続くジャパンカップでは主にイギリスダービーの勝ち馬などいる中、トウカイテイオーは直線坂下からナチュラリズムとの競り合いを制して勝利。

　　　　　この勝利で史上初のジャパンカップ２代制覇を達成した瞬間となり、父シンボリルドルフ以来の内国産馬のジャパンカップ制覇の時でもあった。

　　　　　有馬記念では又もメジロパーマーとダイタクヘリオスが逃げ争いレースを荒らして、レガシーワールドの猛追を鼻差だけ押さえて逃げ切り勝ち。

　　　　　トウカイテイオーは１１着と今までのレース結果で最も着順を下げてしまった。

　　　　　続いては３歳クラシックにスポットを当ててみよう。

　　　　　菊花賞は３冠目前だったミホノブルボンが惜しくも２着に敗れ、勝ったのはダービー２着の実績があるライスシャワー。

　　　　　セントライト→神戸新聞杯と共に２着から仕上がってきた叩き上げのタイプで、ミホノブルボンよりも長距離適正が高かったのだろう。

　　　　　何よりもミホノブルボンに鈴を着けたキョウエイボウガンが居たので、３冠達成出来なかったと言われるが、これが本来の競馬である。

　　　　　牝馬クラシック最終戦――秋華賞はニシノフラワーが出走せず、混戦気味だったがオークス馬のアドラーブルが見事に栄冠を得た。

　　　　　そして、古馬混合戦のエリザベス女王杯はイクノディクタスが新興勢力の３歳馬を押さえて、見事に２連覇を達成。

　　　　　次は短距離路線を。

　　　　　秋ＧⅠで１番最初に開催されるスプリンターズＳはニシノフラワーが３歳牝馬ながら、圧倒的な実力を見せ付けた。

　　　　　スピードがある馬では無いと勝利するのは厳しく、３歳牝馬がヤマニンゼファーとダイタクヘリオスを押さえて勝利するとは筆者は思わなかった。

　　　　　マイルチャンピオンシップの方はダイタクヘリオスが意地を見せ付けて２連覇を果たしたが２着には３歳牝馬のシンコウラブリイが。

　　　　　ニシノフラワーと同じく持ち込み馬でローテーションはまったく真逆で、裏路線から徐々にここに狙ってきたと言える。

　　　　　下半期唯一のダート路線――ジャパンカップダートはグレートホープが地方馬――盛岡競馬の実力を見せ付けて、又もダートＧⅠをさらって行く。

　　　　　まだ、この時点では結果は不明だが東京大賞典にウインドバレーが出走するので勝利する希望は捨てる事は不可能だろう。

　　　　　そして最後に２歳ＧⅠ戦だがどちらも首を傾げたい結果になってしまった。

　　　　　特に阪神ジュべナイルフィリーズは９番人気のスエヒロジョウオーが勝利してしまったのだから。

　　　　　挙句に１番人気だった馬――マルカアイリスは降着で１２着から１６着になってしまったのだから。

　　　　　朝日杯フューチュリティステークスはエルウェーウィンがビワハヤヒデとの争いを鼻差制して勝利。

　　　　　これで来年の春に行われるクラシック路線には楽しみが出来た訳である。

　　　　　カサカサと数日前の古びた競馬新聞が、風にまかれて雑居の中に紛れ込んでいった。

　　　　　ここ大井競馬場では、１９９２年度の最終戦が行われる為に多数の観客が押し詰めて、混雑を生み出していた。

　　　　　その理由は中央と地方を含めての最終戦でもあるのだが、本命は東京大賞典が開催されるのでそれが最もの理由だろう。

　　　　　そんな場所にウインドバレーが出走できるのは栄光と言える。

　　　　　全国から集められた強豪がひしめき合って１着を争うので、地方グランプリと言ってもいいくらい。

　　　　　その中での１番人気はトミシノポルンガであり、ダービーグランプリの後はジャパンブリーダーズカップクラシックで古馬を押さえて勝利した。

　　　　　続くのはスイフトセイダイやミスタートウジンなど実力を備えた一流の馬が。

　　　　　そして、ウインドバレーは６番人気に支持されている。

　　　　　前走と前々走が共にＧⅠで２着だったのが人気の要点となっているのだろう。

　　　　「意外と人気ね……２桁人気も覚悟していたけど」
　　　　「そうだね、実績はＧⅢが２勝だけだしね」

　　　　　秋子と名雪がウインドバレーの人気面について話しており、それくらい実績に差があり、ＧⅠ未勝利でこの人気になれる方が珍しい。

　　　　　秋子は自身の腕に嵌めているシンプルな腕時計を視線で追う。　　　　　そして、刻々と東京大賞典の出走時間が迫ってきていた。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：レッツゴーターキン……天皇賞を勝つまでは一応ローカル重賞を制覇している。
　　　　　注２：ナチュラリズム……ニュージーランドで生産された名馬。
　　　　　注３：ライスシャワー……父リアルシャダイを持つ生粋のステイヤー。
　　　　　注４：キョウエイボウガン……実際は京都新聞杯の勝ち馬である。
　　　　　注５：グレートホープ……盛岡の名馬であり、スイフトセイダイを何度か打ち破っている。
　　　　　注６：スエヒロジョウオー……デビューから１度も、上位人気になった事が無い。
　　　　　注７：エルウェーウィン……父にカーリアンを持ち、ＧⅠを含めて３連勝。