駆ける馬　１９３話

　　　　　ジャパンダートダービーから１ヶ月。

　　　　　ウインドバレーは激戦の疲れを癒す為にKanonファームではなく、大手の牧場でジックリと調整と休養が行われている。

　　　　　馬は１日でも調教を休ませると、遅れを取り戻す時間が倍近く掛かるので完全な休養は骨折など故障発生した時だけ。

　　　　　現在は１５―１５で坂路を一日２本駆けている状態で、８月の下旬から９月の上旬には帰厩出来そうな状況。

　　　　　常に坂路で調教している訳ではなく、馬が飽きないようにウッドコース、ダートコースも用いられている。

　　　　　そして、調教が終わった後には火照った馬体をクールダウンさせるために軽く闊歩させて１日の調教が終了。

　　　　　日によっては、調教後にプール運動で脚の負担を掛けずに心肺機能を強化させる時もある。

　　　　　基本的にこの繰り返しで、今年の夏を乗り切るのが予定の１つ。

　　　　　夏バテで帰厩時期がずれ込む事もあるが、決して手を抜かずに調教されているので秋には逞しくなった馬体が披露されるだろう。

　　　　　そして、Kanonファームの４人――秋子、秋名、名雪、祐一の中で最もＧⅠ制覇を逃した事がショックだったのはやはりと言うべきか秋子だった。

　　　　　数ｃｍで敗北と、紙一重の結果だったのでショックを引き摺るのも納得出来るのだが、簡単に立ち直れそうも無い状況でもある。

　　　　　ＧⅠ制覇をしたら浮かれる可能性が高いので、ここで敗北のした方が後に繋がるのは確実だが、秋子にとっては今の敗北の方がダメージは大きい状況。

　　　　「ほら、いつまでしょげているんだ？」

　　　　　秋名は秋子の背後に立ちつつ軽く掌で秋子の頭を叩くが、ボンヤリとしており反応が鈍く先ほどよりも強く同じ箇所に叩くと、ゆっくりと秋名の方を向く。

　　　　　悲壮感が現れている秋子の表情は暗く、精気が感じられないで未だにショックを引き摺っているのが窺える。

　　　　「こんな状態じゃ、他の馬までに動揺が伝わって惨敗を繰り返すぞ」
　　　　「……そうですね」

　　　　　秋子は秋名の応答にポツリと呟き肯定を示し、僅かにだが気力が元に戻ったようだ。

　　　　　馬は意外と人の様子を感じ取る事が多く、厩舎付近で騒がしいとレースが近付いている事が分かっているなど言われている。

　　　　　なので、秋子がこの事を思い出せば立ち直りやすいと秋名は思ったのだろう。

　　　　「……色々と原因を思い浮かべてしまうんですよ」

　　　　　乗り替わりが原因、或いは出遅れ、馬場が合わないなどの原因がいくつも浮かんでは、また新たに原因を思い浮かべてしまうようだ。

　　　　　まさに秋子は負のスパイラルにドンドンと嵌まり込んで、抜け出せない状況に陥ったのが正しいだろう。

　　　　「次回でトミシノポルンガを負かせば問題無いだろう」
　　　　「そうなると……１本使った方が良いですね」

　　　　　間違いなく、ダービーグランプリに出走してくる可能性が高い筈なのでここで雪辱を果たせば良い。

　　　　　ダービーグランプリは盛岡競馬場で行われ、距離はジャパンダートダービーと同距離だが左回りにゴール前に坂がある。

　　　　　簡単に言えばミニ東京競馬場であり、姉妹提携を行っているのでＧⅠの時には馬券が交互に買える施設も整っている。

　　　　　なので、東北地方で最も盛況な地方競馬場と言えるだろう。

　　　　「まぁ、それよりも今日の新馬戦にうちの馬が出るんだから、それを見た方が良いだろ」
　　　　「それもそうですね……どの馬が出走でしたっけ？」
　　　　「ウインドバレーの下、ブルーフォーチュンだったな」

　　　　　出走する距離は新潟芝１６００ｍだと秋名が告げると、秋子は軽く頷いてから先ほどの落ち込んだ表情から僅かだが意思の強さを瞳に垣間見せた。

　　　　　ブルーフォーチュンはウインドバレーの下だからか、人気になっておりレース直前では単勝１番人気に上がり出てしまう。

　　　　　兄と違い、父はフランス芝ＧⅢ勝ちのフォティテンなので芝適正は、こちらの方が上だと見られているようだ。

　　　　　実際の適正は今の所不明だが、重賞勝ち――北海道２歳優駿とユニコーンＳの兄がいるからの評価も混じっているだろう。

　　　　　そして、初出走の馬が集まった新馬戦が始まる。

　　　　　ブルーフォーチュンはゲートに一度だけ梃子摺ると、その後はすんなりとゲートイン。

　　　　　１２頭全ては無事にゲート入りを果たすと、スタートが切られる。

　　　　　ブルーフォーチュンは兄とは違い、ゲートからポンと飛び出すとそのまま逃げの体勢に。

　　　　　新馬戦の時は馬がレースを嫌いにならない様に走らせるのが最も良く、そのためポジションなどはまったく関係無い。

　　　　　レースはやや早い展開で進んでおり、ブルーフォーチュンには厳しいかもしれないが、ここでペースを落とすのも不可能だろう。

　　　　　少しずつ後方の馬が差を詰めてきて、レースが動き出した事が窺える。

　　　　　そして、直線。

　　　　　ブルーフォーチュンは何とか脚に余裕があるようで、未だに先頭を保っているが後方から追い上げて来ている馬との差が縮まって来てしまう。

　　　　　そして残り１００ｍの時点で１頭の馬に追い抜かれてしまい、その後は次々と交わされて、最終的な結果は５着となった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特に無し。