ドンちゃん騒ぎ。
この一言で済むほど、Kanonファームは騒がしく賑やかな時間が訪れている。
既にトップリと夜が訪れており、夜空には彩りの星がウインドバレーの勝利を祝福しているように多数瞬いていた。
そう、ウインドバレーがユニコーンSを勝利した事で本日――もう既に翌日と言える時間を示しているのだが、まだ眠る人物は1人もいない。
周辺牧場の社長達は秋子に勇気付けられたのか明日への夢を見る為に、早々と退散していった程、中央重賞制覇は輝かしいタイトル。
煌びやかに輝くユニコーンSの優勝カップは、リビングにあるテーブルの上にドンと置かれて存在感を示す。
サイズはビール缶を2つほど積んだくらいの高さだが、秋子達から見れば遥かに大きな優勝カップが存在している様に感じているかもしれない。
「北海道2歳優駿の優勝カップの存在が霞んで見えますね」
「確かにそうだな」
手にワイングラスを持ちつつほんのりと頬が赤く染まっている2人は、クイッと赤ワインを煽りながら優勝カップをジッと眺める。
優勝カップが2つ並べて置かれており、左に北海道2歳優駿、右にユニコーンSのカップ。
形は似たような構造だが、中央と地方の差別をする訳ではないが絶対的に存在感がハッキリと違うと言い切れてしまう。
地方競馬は華やかさか或いは何かが欠乏しているのか、その所為で中央競馬に比べると劣っている点が浮かび上がってくる。
「……どっちも同じクラスの重賞なんだがな」
「その点は同意しますが、現時点のダート路線は地方馬の方が圧倒的ですからこっちの方が価値はあると思います」
コンコンと、秋子はすらりとした白魚の様に白く細い人差し指で北海道2歳優駿の優勝カップを軽く突く。
良い反響音が僅かに響きながら、秋子と秋名はそれをワインのつまみにしながら、景気良く上品にワインを口に付ける。
「やはり、勝利の酒は上手いな」
「ええ、でもそろそろお開きにしませんと、明日に響きますよ」
前回の様にね、と秋子は底冷えする様なひっそりとした声で秋名の耳元で囁く。
秋名はその時の自覚と秋子の声に反応して、ゾクリと小さく身を震わせてしまう。
秋子の恐ろしさを思い出したのか姉の威厳も無く、秋名はあっさりと素直に従ってしまった。
ふと、秋子の顔を良く見ると赤みを帯びた頬に眼が据わっているのを気付いた秋名は腰に手を当てつつ、深く溜息を吐く。
「……秋子、酔っていないか?」
「酔っていないですよぉー」
やれやれ、と秋名は肩をオーバーリアクション気味に竦めて、嬉しさの余りに酔っ払っている秋子に肩を貸して部屋に連れて行く。
ドアを開けると廊下の明かりが部屋の中に伸びていき、月光も曖昧ってシルエットが少しずつ形を現していく。
秋子の部屋には競馬雑誌や血統本が多数本棚に押し込まれており、中には何10年前の本も埋もれている。
生活感はあるのだが、秋子の外見からこの様な部屋になっているのは家族以外誰も思わないだろう。
部屋の中は綺麗に片付けられているのだが、女性らしい物は余り置かれておらず、心身を削ってダービー馬を生み出そうと様々な配合を考えていた。
秋子をベッドの上に寝かすと、秋名は木製円型のテーブルの上に置かれているノートをペラペラと一句残さず見る為に、一度リビングに戻る。
リビングに戻ると、秋名はソファーに深く座り込んでから飲み直す為にウイスキーと煙草をそれぞれ準備しつつノート内容を読み始めた。
歴代ダービー馬の血統を詳しく考察しつつ、勝利馬の写真をコピーして貼り付けてあり、馬体の形などに関することも書かれている。
3代血統部分にはインブリードかアウトブリードになっているかが、分かりやすくする為にカラーペンで線を引いてある。
更にその世代での1番流行――リーディングサイアーまで書かれて、その年のダービー馬を出しているかまで細かく記していた。
既にボロボロになっている部分が多く、何度も何度も読み返して配合を考えている事を窺える程。
「まったく、1人で頑張りすぎだ」
秋名は指先に挟んでいた煙草に軽く視線を漂わせながら、小さく嘆息を吐き、しげしげと灰皿にそれをギュッギュッと押し付けてしまう。
そして、ウイスキーグラスを軽く口に付けて琥珀色に輝くウイスキーを飲みつつ、中身の入った煙草の箱をクシャリと握り潰す。
「……ちっ、こりゃあ暫く禁煙だな」
自身の乱雑に切られている肩のやや下まである後ろ髪を弄りつつ、秋名はもう一度溜息を吐く。
秋名は古びたノートを手に取り、秋子の部屋に戻り始める。
その前に、クシャクシャに握り潰した煙草を綺麗に放物線を書くようにゴミ箱投げ捨てて。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。